早大時代から夢見た舞台 有原、レンジャーズなら「成長できる」 218発男デービスにリベンジ誓う

[ 2021年1月17日 08:30 ]

レンジャーズに在籍した日本人選手の写真の前でボールを手にする有原(撮影・沢田 明徳)
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 日本ハムからポスティングシステムを利用してレンジャーズに移籍した有原航平投手(28)が自主トレを行っている千葉・鎌ケ谷の日本ハムの施設でスポニチ本紙の単独インタビューに応じた。コロナ下の状況でも渡米を決断した右腕は、夢舞台で対戦したい打者や年末に渡米した際の交渉の様子などを本紙だけに明かした。(聞き手・山田 忠範)

 ――まずはコロナ下で大変な状況でも夢を追ってメジャー移籍を決断した理由を。
 「こういう状況だったので不安が全くないことはないですけど、やっぱり一年でも早く行きたいという思いがずっとありました。そしてポスティングという形でファイターズの心強いサポートも頂けることになった。だから自分の中で迷いはなかったですし、絶対にメジャーに行きたいと思っていました」

 ――昨年12月25日(日本時間26日)にレンジャーズと2年契約で合意。決め手は?
 「一番は自分のことをずっと研究してくれていたと感じたこと。交渉で“来てほしいんだ”という思いも強く感じたし、施設や環境面も素晴らしい。この球団なら自分も成長できると思えました」

 ――レ軍は過去に7人の日本選手が在籍。
 「そうですね。だから球団の方も“いいサポートができると思う”と言っていた。そういう点でもやりやすいんじゃないかと思う」

 ――今月10日の退団会見では、元同僚で二刀流としてプレーするエンゼルスの大谷との対戦を熱望していたが、その他で対戦したい打者はいるか?
 「アスレチックスのクリス・デービスです。2年前に東京ドームで対戦した時に(右翼フェンス直撃の二塁打を)打たれているので(※1)。現時点で具体的な目標はないですけど、そういった力のある打者たちを抑えて、1年間、ローテーション投手として勝利に貢献したいです」

 ――昨年末に入団交渉のために渡米した際は、開閉式の屋根を持つ本拠地のグローブライフ・フィールドも視察できたのか?
 「できました。めちゃくちゃ奇麗で最新式の設備でした。高揚感もあったし、素直に“ここで投げて勝ちたい”と思いました」

 ――テキサスの街は観光できたか?
 「いや、それが全くできませんでした。12月20日に渡米して帰国は27日だったので滞在はわずか1週間でしたが、理由は帰国後の2週間の自主隔離期間も見据えていたから。一日でも早く隔離期間を終えて練習を始めたかったんです。だからテキサスの街も10分ぐらいしか見ていない。本当にバタバタでした」

 ――そもそもメジャーを意識するようになった時期やキッカケは?
 「しっかりと意識するようになったのは大学4年の春のロサンゼルスキャンプですね(※2)。UCLA(カリフォルニア大ロサンゼルス校)やUSC(南カリフォルニア大)との練習試合もあって、そこで力のある打者と実際に対戦することができた。いつかこういう選手と同じリーグで対戦したいな、と思うようになりました」

 ――日本ハム時代の16年から19年の4年間はアリゾナでキャンプも行われた(※3)。
 「メジャーの施設を使って練習できたことも大きかったですね。(日本ハム)OBのダルビッシュさんもキャンプ地に来ていただいたりして、(米国の)滞在先にお邪魔させてもらったこともある。今回、入団が決まった時も連絡させていただき“凄くいいチーム。分からないことや困ったことがあったら何でも聞いて”と言ってもらえました。そういう先輩がいるというのは本当に心強いです」

 ――1年目の春季キャンプに向けて渡米するタイミングは?
 「2月の頭ぐらいだと思います。それまでは鎌ケ谷で練習もさせてもらえる。ファイターズには感謝しかありません」

 ――自主トレは順調か?
 「隔離期間が終わって1月10日から鎌ケ谷にも来たんですが、やっぱり体力が落ちたように感じました。あくまで予定ですが、2月の頭には渡米する予定なので、ここから上げていかないとですね」

 ――メジャーの公式球でキャッチボールも行っている。
 「早く慣れたい。やっぱり日本のボールより大きい。渡米前に1回ぐらいはブルペンにも入りたい」

 ――最後にファイターズへの思いを。
 「(15年の)入団から6年間、本当にやりたいようにやらせていただいた。学べたことは自主性。素晴らしい環境で、この球団に入団していなかったら、今のこの状況もなかった。メジャーで活躍することが恩返しにもなる。頑張りたいです」

 ※1 2019年3月20日にマリナーズとアスレチックスが東京ドームで開幕戦を実施。両軍は同17、18日に巨人、日本ハムとそれぞれ練習試合を行った。有原は17日にア軍戦に先発して4回7安打4失点。18年に48本塁打でタイトルを獲得して注目を集めていたデービスとの対戦は、初回は三ゴロも3回は適時二塁打を浴びた。

 ※2 早大野球部は野球の技術向上だけでなく、見聞を広げるなど人間的な成長も促すため、これまでに海外遠征やキャンプも実施。有原が最上級生だった14年2月28日から3月7日まではロサンゼルスでキャンプを行い、米球団の施設を使用して現地の大学生らと練習試合も行った。

 ※3 日本ハムは1978年から春季キャンプを行っている沖縄県名護市営球場の全面改修に伴い、16年から19年までの4年間は2月の前半をアリゾナで実施。期間中は多くの米球団の関係者が練習を視察し、メジャー願望のある選手らに熱視線を注いでいた。

 ◆有原 航平(ありはら・こうへい)1992年(平4)8月11日生まれ、広島県出身の28歳。広陵では3年時にエースとして春夏連続甲子園出場。早大では1年春から六大学リーグに登板し、3年秋に最優秀防御率を獲得するなど通算19勝12敗。14年ドラフト1位で4球団競合の末、日本ハム入り。15年新人王。19年に15勝で最多勝を獲得。1メートル89、95キロ。右投げ右打ち。

 ◆クリス・デービス 1987年12月21日生まれ、カリフォルニア州レークウッド出身の33歳。カリフォルニア州立大フラートン校から09年ドラフト7巡目でブルワーズに入団。13年にメジャーデビューし16年にトレードでアスレチックスへ。16年から3年連続40本塁打以上で18年は48本塁打でタイトル獲得。通算938試合で打率・243、218本塁打、580打点。1メートル80、92キロ。右投げ右打ち。21年は年俸1675万ドル(約17億4200万円)。

 ▽テキサス・レンジャーズ ア・リーグ西地区に所属。1961年にワシントン・セネタースとして創設された。72年にアーリントンに移転し、現在のチーム名に。本拠地は今年から開閉式屋根付き球場のグローブライフ・フィールド。屋根が閉じている際は打球が飛ばないとも指摘されている。まだワールドシリーズ制覇はない。日本ハムとは18年1月から業務提携。日本選手は過去に伊良部秀輝、大塚晶文、福盛和男、建山義紀、上原浩治、ダルビッシュ有、藤川球児の7投手が所属した。

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