ON 金田さんを悼む 長嶋氏「400勝は永遠」王氏「大別格」

[ 2019年10月8日 05:30 ]

65年2月、巨人に移籍し王(左)、長嶋(右)と記念撮影する金田さん
Photo By スポニチ

 カネさんは永遠に不滅です――。国鉄(現ヤクルト)、巨人で前人未到の400勝を達成し、ロッテの監督も務めた金田正一氏が6日に86歳で死去したことを受け、巨人・長嶋茂雄終身名誉監督(83)とソフトバンク・王貞治球団会長(79)が7日に追悼のコメントを寄せた。ともにデビュー戦で金田氏からプロの厳しさを味わった「ON」が、故人をしのんだ。

  信じられない。いつも元気いっぱいで豪快に笑うカネさん。そんな姿しか思い出せない。前日に届いた金田氏の訃報。長嶋氏は深い悲しみに暮れた。

 「突然の訃報に言葉を失った。ショックが大き過ぎる。元気の塊のようだった人にも、こういう結末があったのか…」

 現役時代に戦った記憶が走馬灯のようによみがえってくる。「混乱する頭の中で、真っ先に浮かんできたのは、デビュー戦の4打席4三振のことだった」。1958年4月5日の国鉄との開幕戦。立大から鳴り物入りで巨人に入団した大物ルーキーは、デビュー戦で4打席連続で空振り三振を喫し、鼻っ柱を折られた。「私はこの時、“プロで戦い抜いてやるぞ”と強く思った」と振り返る。「打倒・金田」。デビュー戦の悔しさがあったからこそ、国民的大スターへの飛躍を遂げた。

 金田氏が国鉄から巨人に移籍した1965年から5年間、ともに戦った。金田氏は引退した69年に前人未到の400勝を達成。ミスターは「金田さんのような投手はこれから出てくるだろうか。400勝投手は永遠ではないか、と思っている」と功績を称えた。

 王氏も「ジムに通っていると聞いていたから、まさかこういう形になるとは思わなかった。華々しい人だった」と悼んだ。長嶋氏と同じくデビュー戦の相手が金田氏だった。59年4月11日の開幕戦。センバツ優勝投手で早実からプロ入りし、打者に転向した18歳は3打席で2三振1四球。「初めて対戦した時は、別格以上のそれこそ、大別格な相手だと感じました。2階から落ちてくるカーブ、直球も伸びてくる」と振り返る。その後、1本足打法で飛躍を遂げ、当時プロ野球記録の55本塁打を放った64年には7本塁打を浴びせ、「お互いに堂々と勝負した」と懐かしんだ。

 「対戦相手のカネさんから学ぶことは多かったが、味方になってからもね。僕の選手寿命を延ばしてくれた。私にとって金田さんは大切な恩人の一人です」。王氏は感謝が尽きない。ONにとって金田氏は偉大なライバルであり、偉大な大先輩だった。

 ≪9打席目初安打≫長嶋はデビュー戦となった58年4月5日の開幕戦で対戦も4打席連続で空振り三振。翌6日も空振り三振に倒れた。初安打は4月19日で通算9打席目。9回2死一塁から初球を左前に運んだ。初本塁打は23打席目。1年目は打率.179と抑えられたが、3年目に.394をマークするなど通算打率は.313。金田にとって最多となる18本の本塁打をマークした。

 ≪7打席目初安打≫王は59年4月11日の開幕戦で初対戦。初打席は空振り三振だった。初安打は通算7打席目。8月30日の第3打席で左越えに本塁打を放った。通算打率は・283。13本塁打したが39安打を上回る40三振を喫した。

続きを表示

「大谷翔平」特集記事

「始球式」特集記事

2019年10月8日のニュース