阪神ドラ2小幡(下)高1秋からレギュラー、脚力に加え攻守で成長

[ 2018年11月22日 10:00 ]

ドラ2小幡竜平内野手(18=延岡学園)(下)

18年、最後の夏の県大会初戦敗退後に三浦監督(左)から言葉をかけられる小幡(右)
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 【ドラフト指名選手 矢野阪神の1期生】延岡学園に進学し1年秋から遊撃のレギュラーに定着した竜平は順調に成長し2年時にはプロからも注目される存在になっていた。入学時から漠然と「プロ」というものは頭にあったが、体重が62キロしかなかったこともあり、体を大きくすることにも力を入れた。寮の食事と日々のトレーニングで入学時から1年間で8キロ増量し3年になるころには73キロまでになっていた。

 体もある程度、できてきたところで、プロ入りに向け、背中を押してくれたのが竜平が2年時の9月に就任した三浦正行監督の「プロに行け」という言葉だった。三浦監督は横浜(現DeNA)の捕手として6年間プレーした元プロで竜平の力がプロレベルであることを実際に指導して分かっていた。指揮官のチームの指導方針は「打ち勝つ野球」。それまでの練習よりも打撃中心のメニューとなり、練習時間の8割を「打つ」ことに費やした。「(三浦)監督が来てから打撃の練習が多くなった。振って力を付けなさいということでロングティーとかもよくやりました」とひたすらに強くバットを振った。

 定評のあった遊撃の守備に加え、打力も想像以上に向上。2年秋には「4番も任されてやってやろうという気持ちが大きかった」と1回戦の延岡工戦で本塁打を放つなど長打力も身に付け、打つことに関しても自信を得ていった。3年春には選抜大会にも出場。初戦(2回戦)で国学院栃木に敗れたが初回に同点適時打を放つなどプロスカウト陣にアピールした。

 ただ、3年夏は初戦で宮崎工に延長12回の末に敗れた。「プレッシャーとかはなかったんですけど」と振り返ったが自身も1安打と振るわなかった。夏は一度も甲子園出場がかなわず「チームに迷惑をかけてしまった」と悔し涙を流した。この時が野球をやってきた中で、一番悔しさがこみ上げてきたという。

 50メートル走6秒2の脚力に加え攻守で大きく成長した3年間だったが、ここ一番での勝負強さというものは、まだまだ足りない。三拍子プラスここ一番での勝負強さが求められるプロの世界。最強の「1番・遊撃」を目指す戦いが始まる。(長谷川 凡記)=終わり=

 ◆小幡 竜平(おばた・りゅうへい)2000年(平12)9月21日生まれ、大分県出身の18歳。明野北小3年からソフトボールを始め、投手兼遊撃。明野中では大分明野ボーイズで遊撃手。延岡学園では1年秋から遊撃レギュラー。リードオフマンを経て2年秋から4番を務める。3年春に選抜大会出場も初戦敗退。広角に打ち分ける打撃と遠投115メートルの強肩を生かした守備が持ち味。1メートル81、73キロ、右投げ左打ち。

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