【内田雅也の追球】教訓と希望の「消化試合」 野球の神様は、9回表裏にとんでもないドラマを用意していた

[ 2022年10月3日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神3-3ヤクルト ( 2022年10月2日    甲子園 )

延長10回から登板した才木(撮影・大森 寛明) 
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 試合は淡々と進んでいた。阪神のレギュラーシーズン最終戦で書くのも気がひけるが、消化試合である。すでに両軍とも順位は決まっている。

 たとえば、ヤクルトは村上宗隆が打率調整のためスタメンから外れ、阪神は湯浅京己がホールドのつく0―0の4回表に投げ、近本光司は2打席でベンチに下がった。

 ところが、野球の神様は、9回表裏にとんでもないドラマを用意していた。幕引きで登板したカイル・ケラーが四球から4安打を浴びて3失点、逆転を許した。

 あの悪夢の開幕戦と同じ相手に同じように9回表に逆転されて敗れるのか。シーズン最初と最後に同じ悪夢を見るのか。

 ところが打線はその裏、スコット・マクガフに食い下がり、プロ初出場となる代打・栄枝裕貴の右前適時打で同点に追いついたのだ。延長戦突入で9人目の才木浩人が登板。ベンチ入り全員を使い切る、何ともアナーキーな事態となった。

 もし誰か負傷すれば、試合続行不可能で没収試合となる。用兵は問題かもしれないが、幸い、何ごとも起きず、規定の延長12回で引き分けた。

 試合は4時間10分に及んだ。秋晴れの青空は、9回で夕焼けに赤く染まり、終了時には弓張り月が浮かんでいた。

 何が起きるか分からない。それが野球である。今季は開幕9連敗に17試合で1勝15敗1分け、勝率・063という泥沼。5月半ばで3位と最大9・5ゲーム差がついていた。絶望の淵からクライマックスシリーズ(CS)進出を決めていた。

 そんな猛虎たちをファンは甲子園球場を満員にして迎えていた。世の中、うまくいかないことばかりである。人びとは阪神の戦いぶりに自身の人生を投影し、あきらめない心をみていた。

 「生きるって、祈ることなのよ」と、映画にもなった森沢明夫『虹の岬の喫茶店』(幻冬舎文庫)で女性店主が店に忍び込んだ男に諭す。泥棒は生きる希望をなくしていた。「自分の未来に夢も希望もないんだったら、他人の未来を祈ればいいじゃない」

 そんな人びとも多くいよう。監督・矢野燿大自身も眠れぬ夜をいくつも乗り越えて、再び挑戦を誓う。祈りの日々はまだ続く。ある種の激闘となった異例の消化試合は希望につながる教訓を残してくれた。=敬称略=(編集委員)    

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2022年10月3日のニュース