大河「麒麟がくる」 染谷将太が体現する新・信長

[ 2020年5月18日 11:30 ]

NHK大河ドラマ「麒麟がくる」で織田信長を演じる染谷将太(C)NHK
Photo By 提供写真

 【牧 元一の孤人焦点】NHK大河ドラマ「麒麟がくる」で、染谷将太が演じる織田信長が面白い。過去のドラマや映画で、こんな信長を見た記憶がない。

 17日の放送で、信長は尾張の清須城で弟の信勝(木村了)と対面した。信勝に謀反の疑いがあるため、仮病を使って呼び寄せたのだ。さて、どんな展開になるのかと思いきや、なんと、信長は弟に向かって自らの劣等感を吐露し始めた。

 「子供の頃より、そなたは母上にかわいがられた。色白で、素直で、賢く、誰もがそなたをほめそやす。そういうそなたを母上はいつも手元に置かれた。今も、そうじゃ。わしは、それが口惜しかった。わしはそなたに比べると、みにくい子であった。色が黒く、母上がお好きな和歌も詠めず、書も読まず、犬のように外を走り回り、『汗くさい子じゃ』と母上から遠ざけられた」

 弟より外見や学力が劣るため母親の愛を受けられなかったという思い。それを明かしているうちに感情がこみ上げ、目にうっすらと涙をためる。結果的に、信勝が見舞いのため持参した「霊験あらたかな湧き水」(実は毒物入り)を逆に飲ませることになるのだが、話の途中に殺害を決意した時、目から大粒の涙をこぼす。

 制作統括の落合将チーフ・プロデューサーは「この大河の信長は、育った環境に由来する人間の弱さが意識的に描かれている。染谷さんがその部分をとてもうまくすくい取ってくれていて、とにかくよく泣く新しい信長像を構築してくれている」と話す。

 一般的な信長のイメージは、信長を表す句「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」だろう。直線的で、感情に揺るぎがない。過去のドラマや映画でも、そんな人物像を見てきた。ところが、染谷の信長は曲線的で、感情が大きく揺らぐ。

 落合氏は「信長は殺したくて弟を殺したわけではなく、時代の必然によって、そうなってしまった。『運命の被害者』の信長の悲しみを染谷さんが抜群の演技力で表現してくれている」と語る。

 この新しい信長像をさらに面白くしているのが正室・帰蝶(川口春奈)との関係だ。帰蝶は17日の放送で、謀反の疑いのある信勝への対応に悩む信長に対して「なんとしても、お会いなさいませ。お顔を見て、どうすれば良いか、お決めになればよろしいのです」と進言する。つまり、この言葉を受ける形で信長は弟殺しに至るわけだ。そうした帰蝶のプロデューサー的な側面が、この大河ではたびたび描かれている。

 落合氏は「信長は軍事的、政治的な才能と、父・信秀から託された国力を持ちながら、それらを『不器用に使いこなしていく人』として描いている。不器用な信長が世を渡っていくために必要な存在が、前半は帰蝶で、後半は光秀(長谷川博己)。帰蝶は信長の『プロデューサー』でもあり『母』でもある」と説明する。

 こうして書いて来ると、信長が頼りない人物に思えるが、決して、そうではない。17日の放送では、信勝に「(毒入りの水を)飲め!おまえが飲め!」と絶叫して迫る場面があった。この時の鬼気迫る表情。そこには、やがて国を動かす強い力が確かに宿っているように見えた。

 染谷が体現する新・信長。放送終了後、私の過去の信長像はきれいさっぱり消え去っているかもしれない。


 ◆牧 元一(まき・もとかず)1963年、東京生まれ。編集局デジタル編集部専門委員。芸能取材歴約30年。現在はNHKなど放送局を担当。

続きを表示

2020年5月18日のニュース