阪神・藤浪晋太郎は“優しいお兄ちゃん”ローテ守ってたくさん勝って 弟・滉二郎さん特別手記

[ 2022年3月26日 05:30 ]

セ・リーグ   阪神8ー10ヤクルト ( 2022年3月25日    京セラD )

兄・晋太郎(左)と弟の滉二郎さん(家族提供)
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 2年連続の開幕投手を務めた阪神の藤浪晋太郎投手(27)の弟・滉二郎(こうじろう)さん(25=会社員)が25日、スポニチ本紙に特別手記を寄せた。2歳下で元高校球児でもある滉二郎さんにとってはずっと優しく、強い存在であり続けた兄の“晋太郎”。弟だからこそ知る素顔、家族にしか分からない思いを明かした。(取材・構成=遠藤 礼)

 晋太郎、開幕戦登板お疲れさまでした。ドキドキしながら見ていたけど、晋太郎なら絶対にやってくれると信じていました。両親とスタンドで応援していましたが、一球、一球祈るような思いで見ていました。

 晋太郎を一言で表すなら“優しいお兄ちゃん”です。小さい時は野球ゲームをしたり、軟らかいボールを使って家の中で野球をしたり、2人でよく遊んでいました。僕が親にこっぴどく怒られた後も、優しく声をかけてくれたり。一番印象に残っているのは…2人並んで自転車をこいでいて晋太郎がこけて膝から血が出て泣いていたり…。なぜかそんなシーンが思い浮かんでくるんですよね。晋太郎が大阪桐蔭の寮に入って実家を離れる時、僕はめちゃくちゃ泣きました。一緒に遊んで、そしてずっと一緒にいたので、本当に寂しかったんです。

 「藤浪晋太郎の弟」ということでいろんな目で見られることは当然ありました。高校から僕もピッチャーをやり始めたので相手チームの目とか、比べられたりもしましたし…。でも、弟ということで、いろんな人に仲良くしてもらうこともたくさんあったので半分、半分ですね。晋太郎が高校の時もよく球場に応援に行きました。見ていてワクワクするというか…。本当に尊敬していました。だからプロ入りした時も、格好いいなって。

 だから、ここ何年かの苦しんでいる姿は本当につらいです。一番悪かった時期は僕も泣きそうで…。“もう代えてあげて”とか“かわいそう”とか、そんな感情です。球場に行ったら母も僕と一緒で、祈りながら泣きそうになって見ていました。イップスとかいろんなことを言われて晋太郎もしんどかったと思いますが、家族の前で野球の話は一切しなかったです。だから記事で円形脱毛症になっていたことを知ったときは、びっくりしました。悩んでつらかったんだなと。

 球場ではヤジもたくさん浴びていました。お金をもらっているプロの立場では仕方がないのかもしれませんが。あの時は悲しかったです。成績が出ていない時は“練習していない”とかも言われていましたけど、何を知ってるんやと。昔から、僕が遊んでいる時に晋太郎は一人で外に走りに行ったり。そういう努力をしている姿をずっと見ていますから。

 最近は1球ごとにガッツポーズをしたり、20年8月21日のヤクルト戦で692日ぶりに勝った時もうれしかったです。今は社会人として働いていますが、仕事先のお客さまには晋太郎の結果によって僕の機嫌が良いとか悪いとか言われます。打たれると周りからは“どないなってんねん”とかと言われますが笑って流していますね。

 最近は晋太郎に仕事のこともよく聞かれます。家族もいるので“しっかりせいよ”“いつでも助けたるからな”と。男兄弟だったので、僕の娘で晋太郎にとっての、めいっ子にはいつもメロメロ、とてもかわいがってくれています。

 今年の年明けには菅野智之投手との自主トレに行く前に実家近くで久々にキャッチボールをしました。僕は大学の途中で野球をやめて、当時は恥ずかしくて晋太郎には言えなかったんです。だから、まだまだ晋太郎が甲子園で投げている姿を見たいし、今年はローテーションを守ってたくさん勝ってほしいです。今年も一喜一憂しながら応援します。(藤浪 滉二郎)

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2022年3月26日のニュース