【阪神のV逸検証(4)】年賀状に込めた藤浪の決意 山あり谷ありのシーズン乗り越え「答え」出した

[ 2020年11月6日 06:00 ]

矢野阪神2年目の光と影~猛虎に何が起こったか

藤浪が年賀状に記した覚悟の言葉

 1月1日、自宅のポストに届いた年賀状には力強くこう記されていた。「勝負の年 背水の覚悟で頑張ります」――。プロ8年目の藤浪は、まさに追い込まれた状況で2020年を迎えていた。

 「プロの世界なんで結果が出なければいつ(首を)切られてもおかしくない」。キャリア初の0勝に終わった昨季、厳しい立場を自覚していた。逆襲、反攻の1年。しかし、その決意、周囲の期待とは裏腹に「勝負の年」は試練から始まった。

 3月に球界1人目となる新型コロナウイルス感染者となり、入院。世間が自粛ムードに包まれる中でチーム外も含む大人数での食事会に参加していたことで厳しい批判にもさらされた。さらに、5月19日に1軍再合流を果たすも28日の練習に遅刻で2軍降格。逆転ローテ入りへの希望が一転、2年連続で開幕1軍を逃した。

 1軍マウンドに上がったのは開幕から1カ月後の7月23日の広島戦。復帰5試合目となった8月21日のヤクルト戦で692日ぶりとなる白星をつかみ「やっと勝てた」と頬は緩んだ。だが、2年ぶりの1勝は突破口にはならなかった。9月5日の巨人戦では球団ワーストの11失点を喫するなど3試合連続で5回持たず、同14日に2軍降格。長い苦闘は、再び振りだしに戻ったかに思われた。

 転機はチームの緊急事態から生まれた。9月25日、主力を含むコロナウイルス集団感染で抹消となった10選手の代替選手として再昇格。与えられた場所はブルペンだった。心の準備もできないまま始まったプロ入り初の本格的な中継ぎ挑戦。「死ぬほど緊張しました。人の勝ちがかかった場面で投げることがこんなに緊張するとは思いませんでした」と振り返ったのは、9月29日中日戦だった。後輩・高橋の白星がかかった3点リードの8回にセットアッパーとして零封。プロで初めて手にした「ホールド」はまっさらなマウンドでは得られない多くの“モノ”を自身にもたらした。

 10月19日ヤクルト戦で球団最速を更新する162キロをマークするなど「中継ぎ・藤浪」の魅力は、オンリーワンと言っていい。それでも、先発でナンバーワンになる背番号19を見たいのは筆者だけではないはずだ。前日4日、先発復帰のマウンドで6回4安打無失点の快投。先発か、中継ぎか。こん身の112球で「答え」を出した。

 藤川、能見、福留のいない来季。その名がコールされるだけで球場の空気を一変させる存在は数少ない。降り注がれる歓声に勝利で応える藤浪晋太郎の笑顔を甲子園が待っている。(遠藤 礼)

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