山本昌、浅尾らと流した汗を指導に生かす――元中日、日体大・辻孟彦コーチが“忘れられない言葉”

[ 2020年9月24日 09:30 ]

最速155キロ右腕の森投手(左)と辻コーチ(撮影・柳内 遼平)
Photo By スポニチ

 首都大学野球秋季リーグ1部が19日に開幕した。日体大の最速155キロ右腕・森博人投手(4年)は10球団スカウトの前で、武蔵大を7回1安打無失点に封じてアピールに成功。10月26日のドラフト会議で指名となれば、18年に西武1位指名の松本航、ロッテ2位の東妻勇輔、19年にヤクルト2位の吉田大喜に続き3年連続の投手指名となる。投手育成の評価が高まる日体大で投手コーチを務めているのが、元中日の辻孟彦さん(31)だ。

 日体大から11年ドラフト4位で中日に入団し、先発や中継ぎを務めたが、3年目の14年は1軍での登板がなく、戦力外通告を受けた。複数の社会人野球チームから選手としてのオファーがあったが、「一生野球と関わるためには指導者」という思いから現役を引退。誘いがあった母校のコーチに就任した。

 現役時は2軍で山本昌や浅尾らとともに汗を流し、背中を見て多くを学んだ。「1人1人フォームや調整の考え方に違いがあり、指導者としての引き出しにすることができました。自分は最後まで確信が得られず探し続けてきたので、その経験を選手に還元していければ良いと思います」と言う。

 忘れられない言葉がある。2年目の春季キャンプだった。当時の鈴木孝政二軍監督からブルペンで「限られた投手だけが一級品の球を投げられるが、お前のチェンジアップも一級品だ」と言葉をかけられた。150キロを越えるような速球を持たない右腕はその言葉が自信になった。指揮官からお墨付きを受けた決め球と持ち味の制球力を武器にこの年、1軍に初昇格して13試合に登板。先発のマウンドにも立った。指導者の1つの言葉が大きく選手を変えると実感した出来事だった。

 「行かないと味わえない濃い3年間でした。見てきたから選手に伝えることができる。とにかく目の前の選手を上手くしたい。できなかったことができるようになる成功体験を味わってほしい」。現役時にマウンドで見せた投手としての鋭い目は、暖かみのある指導者としての目に変わっていた。(記者コラム・柳内 遼平)

続きを表示

「始球式」特集記事

「新庄剛志」特集記事

2020年9月24日のニュース