語録で追った稀勢の里の力士人生 新入幕で「新たな気持ちで」最後は「一片の悔いもございません」

[ 2019年1月17日 20:24 ]

会見で涙する稀勢の里(撮影・村上 大輔)
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 6日に引退会見を行った稀勢の里(荒磯親方)の言葉を、新入幕から追った。

 【稀勢の里語録〜新入幕から】

 04年11月1日(九州場所新入幕会見)

 「とてもうれしいです。新たな気持ちで頑張ります。琴欧州への意識?まあ、あります」(新入幕会見、萩原から改名。一足先を越された琴欧州のことを聞かれ)

 ▼05年9月24日(幕内、秋場所14日目)

 「(琴欧州が)緊張しているのが分かった。気持ちで勝っていたのが、いい結果になったと思う。きょうは燃えたっス」。(琴欧州とV争いの生き残りを懸けた一番に勝って)

 ▼05年9月25日(同千秋楽)

 「結果は結果なんで。少し残念だけど、やることはやった。優勝争いがまたできるように頑張りたい」(優勝は琴欧洲も、稀勢の里は12勝3敗で敢闘賞を獲得。史上3番目の若さでの三賞受賞)。

 ▼06年5月21日(夏場所千秋楽)

 「終盤、気持ちを切り替えられた。一生懸命やった成果としてうれしい」(自己最高位で勝ち越し。史上4位の年少三役昇進を確実にして)。

 ▼06年6月26日(番付発表会見、新三役として)

 「まだ実感がわかない。うれしいけれど気を緩めずしっかり稽古をしたい」(19歳11カ月の新三役は当時、年6場所制で歴代4位のスピード出世)

 ▼06年9月10日

 「勝負は自分では分からなかった。取り直しかな?と思って用意していました。うれしいけれど、やっぱりこんな相撲じゃダメですね」(綱獲り場所の白鵬に際どい相撲で勝って)

 ▼08年1月14日(初場所2日目)

 「どんな相撲を取ったか覚えていません。横綱はやっぱり威圧感がありました。大歓声?若干は聞こえていました」(朝青龍に勝ち、初金星)自宅でテレビ観戦していた父・貞彦さんは「きょうは仕切りの時から落ち着いて見えました。あす(15日)は私の誕生日。最高のプレゼントをもらいました」

 ▼10年11月15日(九州場所2日目)

 白鵬の連勝を63で止める。「我慢した。最後まで必死で、手応えとかなかった。土俵際で逆転されることもあるから。勝ち名乗りで、やっと勝ったんだなと思った。でも実感がわくには時間がかかりそう。これが自信になり、いい方向に進んでいければ」。

 ▼11年11月7日

 「早く起きてほしかった。親方に指導してもらったことを思い出して一生懸命恩返しできるように頑張ります」(師匠の元横綱・隆の里の鳴戸親方が未明に死去。容体悪化を聞かされた6日夜に集中治療室(ICU)に駆けつけたときの様子を聞かれ、涙声で)

 ▼11年11月30日

 「大関の名を汚さぬよう、精進します」(大関昇進伝達式での口上)

 ▼11年12月14日

 「さらに上を目指し、親方と同じように(横綱)土俵入りをできるように精進することを誓います」(先代師匠の一門葬で、力士代表で弔辞)

 ▼13年7月20日(名古屋場所14日目)

 白鵬の連勝を43で止める。「前に行こうという意識があった。理想通りにはいかないけど力を出し切れたと思います」

 17年1月21日(初場所14日目)「本当に感謝しかない」(白鵬が貴ノ岩に敗れて優勝が決まり)

 17年1月22日(千秋楽)

 「一生懸命やっていきたい。まだまだ物足りない部分はあるし、まだまだ強くなると思う。ここで終わりじゃないですから」(初Vの千秋楽を終えて)

 17日1月25日

 「横綱の名に恥じぬよう精進致します」(横綱昇進伝達式で)「ちょっとかんでしまいました。すみません」(その後、報道陣に)

 ▼17年3月26日(春場所千秋楽)「何か見えない力を感じた。15日間でした最後は自分の力以上が出た。諦めずに最後まで力を出してよかった」(優勝決定戦を制してV2を決めて)

 ▼19年1月16日(引退会見)

 「土俵人生において、一片の悔いもございません」

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