稀勢、涙の引退会見「土俵人生に一片の悔いなし」皆に愛された17年間

[ 2019年1月17日 05:30 ]

引退会見で涙を流す稀勢の里(撮影・村上 大輔)
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 大相撲人気をけん引してきた和製横綱が土俵に別れを告げた。日本相撲協会は16日、理事会を開き、第72代横綱・稀勢の里(32=田子ノ浦部屋)の現役引退と年寄「荒磯」襲名を承認した。午後から東京・両国国技館で引退会見に臨み、涙で17年に及んだ土俵生活を振り返った。

 午後からの引退会見に稀勢の里はえんじ色の着物と山吹色のはかまで現れた。引退表明のあいさつの際は気丈に振る舞っていたが、心境について聞かれると、みるみるうちに目が真っ赤になった。

 「横綱としてみなさんの期待に沿えないことは非常に悔いが残りますが、私の…」。いったん言葉に詰まり「土俵人生において一片の悔いもございません」と続けた。大ファンだった漫画「北斗の拳」の三つぞろいの化粧まわしを贈られた稀勢の里は「孤独で強いというイメージ」というラオウのものを愛用。そのラオウが最後に発した言葉を引用した。

 3日目の栃煌山戦で一方的に敗れ、初日から3連敗。昨年秋場所から3場所またいで8連敗で、横綱のワースト記録となった。その時点で、覚悟は決まった。「やりきったという気持ちが一番最初に出た」。15日夜に師匠の田子ノ浦親方(元幕内・隆の鶴)と話し合い、引退を申し出た。

 初優勝を飾った17年初場所後に横綱に昇進した。3代目若乃花以来の日本出身横綱には大きな期待がかけられたが、ケガで相撲人生の歯車が狂った。新横綱優勝を飾った17年春場所で左大胸筋などを負傷。続く夏場所から横綱の史上ワーストとなる8場所連続休場を経験するなど、在位12場所で皆勤は2場所に終わった。

 それでも「一生懸命やってきた」と弱音を吐くことはなかった。「ケガをして以来、自分の中では一番いい動きができたので、自信を持って臨めた」。それでも結果を出せなかった。「ケガをする前の自分に戻ることができなくなっていた」ことで、決断に至った。

 中学卒業後の02年春場所で初土俵を踏み、現役生活は17年間に及んだ。先代師匠の元鳴戸親方(元横綱・隆の里、故人)の厳しい稽古で番付を上げ、17歳9カ月での新十両、18歳3カ月での新入幕は、いずれも貴乃花に次ぐ年少記録だった。

 土俵人生で貫いてきた信念は「絶対逃げない。その気持ち」と言い切り、一番誇れることについては「一生懸命に相撲を取ってきたこと」と述べた。先代師匠には「稽古はウソをつかない。努力はウソをつかない」と言われてきたが、その言葉は本当だった。愚直な男が最後まで信条を貫き、土俵から去った。

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