大胆不敵だった17歳の稀勢 米沢ステーキ弁当を「ごっちゃーんです」

[ 2019年1月17日 09:30 ]

横綱・稀勢の里引退

幕下・萩原時代の稀勢の里
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 稀勢の里を紙上で紹介したのは、弊紙が最初だった。2003年7月8日。名古屋場所で幕下に昇進した萩原が最初の相撲で勝利し「堂々幕下1勝 17歳萩原」の見出しが躍った。その日は横綱・朝青龍に土がついたというのに、平成では貴乃花に次ぐ若年昇進を果たした大器を、破格の扱いで取り上げた。

 当時から口数は少なめ。それでも「絶対に勝ちたい」と、はっきりとした口調で受け答えする姿は印象的だった。怖いもの知らずの大胆な相撲を見せたかと思えば、勝負に負けて悔し涙。当時の鳴戸親方が「負けず嫌いな一面を土俵に出している。年齢にそぐわないものを持っている」と話したことを思い出す。

 場所後、山形巡業へ向かう新幹線で萩原と同じ車両となった。車内販売の「米沢ステーキ弁当」をのぞく記者の横から、屈託のない笑みの17歳は「ごっちゃーんです」。相撲界では、相手に食事をねだることと、相手の差し手を殺すことを「おっつけ」という。皮肉にも本業でのおっつけはケガ以降使えなくなったが、そんな大胆不敵な言動も稀勢の里の魅力の一つだった。 (元相撲担当・黒田健司郎 2002〜03、07〜11年担当、スポーツ部専門委員)

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