青学大・原監督マジック結実 「素人」から会社員時代の経験生かす

[ 2015年1月4日 07:33 ]

選手たちに胴上げされる青学大・原監督

第91回箱根駅伝

(1月3日 箱根・芦ノ湖~東京・大手町、復路5区間109・6キロ)
 芦ノ湖の空も良かったが、ビルの合間から見える空の景色も最高だった。脱サラからたどり着いた苦節11年目の歓喜。2日続けて胴上げされた原晋監督は「私が思う以上に彼らの能力が高かった。ありがとうと言いたい」と選手たちをいつもの明るい笑顔で称えた。

 広島・世羅高時代は高校駅伝で活躍し、中京大に進んだ。卒業後は中国電力陸上部に入社したが、ケガもあって5年で引退。箱根に縁のないまま現役生活を終えると、社員として営業などをするようになった。10年がたった頃、青学大OBの高校の後輩から監督就任の誘いがあった。広島に生活拠点も構えていたが「陸上競技で自分は何をしてきただろう」とくすぶっていた陸上魂に火が付いた。安定した生活を捨て、最初は嘱託職員の契約で監督業に飛び込んだ。

 妻の美穂さん(47)も「言いだしたら聞かない」夫の性格を理解し、夫とともに相模原キャンパス近くの寮に住み込み自らも“寮母”として学生の面倒を見るようになった。時に恋愛相談にも乗りながら夫と違う立場でチームを支えてきた。

 駅伝実績のない学校ではスカウトも苦労し、チームに規律を植え付けるのにも時間がかかった。その中で築いた指導理念は「自立」。「サラリーマン時代のノウハウを陸上に当てはめた」と選手には週、月、年単位で目標設定させ、互いに達成度をチェックさせるなど会社員としての営業経験も生かした。「素人が故にできることもある。固定観念がないからいろいろなアイデアが浮かぶ」と語った。

 就任当初は合宿所しかなかったチームも営業術で大学に掛け合い、今やマイクロバスやコーチングスタッフ、専用トラックに当時の3倍の強化資金が備わった。「このメンバーが私の就任1年目に入ってもこんな大記録は出ない。半歩先を見据えてコツコツやってきたことが大記録になった」。積み重ねた半歩ずつが青学大の大きな一歩となった。

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