ラグビーの町・釜石は今…進まぬ復興、W杯誘致は“あえて引く時期”

[ 2013年3月11日 10:25 ]

鵜住居地区にあるスタジアム建設予定地。震災前には鵜住居小、釜石東中があった。学校の校舎の取り壊しもほぼ終了し、集積されていたがれきの処理も進んでいる

 東日本大震災発生から2年がたった。岩手県釜石市は、他の被災地と同じく、予定通りに復興が進んでいない。その現状の中、釜石市が打ち出した「2019年ラグビーワールドカップ(W杯)誘致」の活動も足取りが重い印象がある。理由は「複雑な住民感情」への配慮といわれている。かつて、日本選手権7連覇の黄金時代を築いた新日鉄釜石の本拠だった「ラグビーの町」の市民は、本当にW杯誘致への違和感を持っているのか。釜石市の現状と、W杯誘致への動きを5回の連載で伝える。

 昨年7月1日、釜石市教育委員会内に「国体・ラグビーワールドカップ誘致推進室」が設置された。震災10カ月後の昨年1月に釜石市がW杯誘致を表明した直後は「復興推進本部」が担ってきた誘致活動が、独立した部署として動き始めた。

 設置から9カ月。室長を務める和田利男氏(56)は、活動の現状をこう表現する。

 「ホップ・ステップ・ジャンプのホップの部分で止まっている」

 ホップはW杯会場を想定するスタジアムなどの建設計画の決定。ステップは16年の岩手国体、ジャンプがW杯の開催を指す。誘致への動きは、ホップの部分、特に数十億円を想定する「予算」の面で足を止めざるを得ないのが現実だ。

 誘致推進室では、国の「復興交付金」からの支出を想定しているが、交付金の使途は40事業に限られており、スタジアム建設計画は申請したくても「メニューにない」。そうでなくても、いまも約3千戸の仮設住宅に約5700人が暮らす。現段階で、W杯誘致を声高に言えない現状がある。

 ただ、昨年末にW杯組織委員会が発表した「試合開催会場選定方針」によると、足踏みしている時間的余裕も少ない。今年5月にスタジアムの規模や周辺設備などの最低条件を定める「ガイドライン」が発表され、14年3月末に開催立候補受付が締め切られる。会場決定は15年5月。1年後には具体的な開催計画が決まっている必要がある。

 そのため推進室は「鵜住居(うのすまい)地区スポーツレクリエーション拠点整備基本計画」を策定し、組織委員会が求める「ガイドライン」を想定した複数の建設計画案を準備している。そもそも、スタジアム建設計画は震災前から課題とされていた市民の体育施設不足の解消が主目的。W杯に関係なく、計画は進めるべきものだからだ。

 その一方で、釜石市内で「ラグビーW杯を語る会」を開催したり、姉妹都市の愛知県東海市でタウンミーティングを予定するなど、市内外で誘致機運を盛り上げる活動も始めている。岩手県では県会議員48人中44人が参加してW杯誘致を支援する「復興スクラム議連」も立ち上がっている。

 さらに今月7日には、復興交付金の使途拡大方針が決まった。今はW杯誘致を前面に出せない推進室のジレンマは、少しずつだが解きほぐされつつある。生活再建が最優先されるのは当然だが、6年後に向けた準備も進める。それが、推進室の役割でもあるのだ。

 釜石市は、W杯が開催される19年を「復興計画の最終年」と計画している。W杯誘致を「復興の光」と位置づけ、世界中から受けた支援への感謝を発信するイベントにしたい意向だ。そうでなくても、W杯の釜石開催の意義の大きさは、ラグビー関係者の誰もが認めることでもある。それが、推進室の作業を支える最大の心の寄りどころになっている。

 ラグビーでは、スクラムをあえて引くことがある。相手との駆け引きの中で、意図的に引いてから押す組み方があるという。周囲から見ると、もどかしさも感じる釜石市のW杯誘致活動ではあるが、今はきっと、次に押すためにスクラムを引く時期なのかもしれない。

 ◆釜石市のスタジアム建設計画 鵜住居地区にあった鵜住居小、釜石東中の跡地にがれきを利用した盛り土をした上で建設する。メーンスタジアムは常設3000人の客席を持つ球技場で、体育館と陸上トラックを持つサブグラウンドなどを併設する予定。鵜住居小と釜石東中は震災時に在校していた児童・生徒が連れ添って高台に避難し、全員が助かった「釜石の奇跡」として知られる。

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