森保監督「強烈な個性を認めてあげたい」今年50歳、選手を生かす眼力磨く

[ 2018年1月1日 20:30 ]

展望を語る森保監督
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 20年東京五輪に向けて、18年からいよいよ森保ジャパンの歩みが本格化する。高校卒業後、マツダ時代にオフト監督から守備的MFとして見いだされるまで無名の攻撃選手だった森保一監督(49)。U―21日本代表の選手発掘をさらに進める今年、初の公式戦U―23アジア選手権(中国)を前に、その“監督像”に迫った。

 18年から、東京五輪世代の活動が本格化する。昨年11月1日に五輪監督の契約を結んでから2カ月。森保監督は注目度の高さを「慣れないと思います」と笑いつつ「自国開催で迎える五輪で、注目していただけることは本当にありがたいこと。期待とか応援してくださることは、我々にとってはこの上ない後押し」と力を込めた。

 昨年12月にM―150杯(タイ)で初陣を迎え、今月はU―23アジア選手権に出場。18年は「まだまだ広く」選手発掘を行う予定だ。「やんちゃな選手とか、個の強烈な力を持っている選手は認めていきたい。他の選手とつながりを持って、協力し合って、初めてプラスアルファの力を発揮できるというところは伝えつつ、それぞれの良さをどんどん出してもらいたい」と話す。

 選手の特性を見抜き、未来を切り開く立場にあると自覚している。自身は小6からサッカーを始めた。その夏の全国大会はケガをしたGKの代わりにゴールを守ったが、長崎日大高時代までずっと前線の選手だった。卒業後、87年に広島の前身マツダに加入。そこでオフト監督から「守備的な中盤の仕事が合っている」と見抜かれた。

 「あの時点で“FWやれ”って言われていたら選手として成功していないし、代表選手にもなっていない」。19歳。人生を変える指導を受けたがゆえに思う。「どのポジションが合っているかということ、必要なことを指導してもらえたことは大きかったので、自分もそれができれば」

 18年は天命を悟るという意味の「知命」の50歳を迎える。「だいぶ年取ってきたなと思う」と笑うが、情熱は上がっていく一方だ。「選手を見るのは常に難しく感じるけど、最近の言葉で言うと全て“あるある”だと思っている。今の時代を生きている選手の考えをできるだけ認めてあげて、大切なところをアプローチしていければいい」。夢舞台で花開く、そのときまで。

 ▽M―150杯VTR 昨年5月のU―20W杯メンバーを一人も招集しない代表経験の浅い23人で臨み、準優勝。1次リーグ初戦のU―23タイ戦は1―2で敗れ、第2戦は同北朝鮮戦に4―0で勝利。決勝は同ウズベキスタン代表に2―2からPK戦の末3―4で敗れた。1次リーグは3―4―3、決勝は4―4―2とシステムを変えながら戦い、選手の柔軟性を試した。

 ◆森保 一(もりやす・はじめ)1968年(昭43)8月23日生まれ、長崎市出身の49歳。長崎日大高から広島の前身マツダに入団。広島、京都、仙台でプレーし、04年1月に現役引退した。J1通算293試合15得点、日本代表として国際Aマッチ35試合1得点。指導者としてはU―20日本代表コーチ、広島コーチ、新潟コーチなどを経て、12年に広島監督に就任。昨年7月に辞任するまでJ1リーグ3度の優勝に導いた。1メートル74、68キロ。家族は妻、3男。血液型A。

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