石川さゆり アコースティックライブで非日常の世界の愉楽

[ 2021年7月10日 09:30 ]

精力的にアコースティックライブを行っている石川さゆり
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 【牧 元一の孤人焦点】非日常の世界に没入できること。それがエンターテインメントを見に行く最高の楽しみだ。7月8日の横浜・関内ホール。石川さゆりはステージで「今は、なかなか飲みに行かれない状況なので、今日は、歌で酔っていただけたら、と思います」と話した。

 伴奏は、ピアノ、ベース、リード楽器、ギターの4人編成。昨年来のYouTubeチャンネルでの試みを発展させたアコースティックライブだ。2部構成で、1部では、いつもの着物のイメージと違ってドレス姿。客席に「何を召し上がりますか?日本酒?ワイン?」と問い掛けつつ、「ウイスキーが、お好きでしょ」と、次の曲を伝えた。

 ♪ウイスキーが お好きでしょ もう少し しゃべりましょ…。田口俊作詞、杉真理作曲で、1991年にSAYURI名義で発売された名曲。ファンでなくても、CMソングとして耳にしたことがある人は多いだろう。この曲を生で聴くのは初めてだが、CDやテレビ以上にジャジーなサウンド、ボーカルが胸に染み渡る。特に、歌い出しの「ウイスキー」の「ウイ」の発声に深みがあり、まるで芳醇(ほうじゅん)なモルトのよう。聴いていると、しゃれたカウンターでバーテンダーを前に、静かに女性とグラスを傾けている心持ちになる。非日常の世界の愉楽だ。

 2部は着物で登場。中盤で歌った「惚れたが悪いか」は何度聴いても壮絶だ。石原信一作詞、岡千秋作曲で、昭和の阿部定事件をモチーフにした楽曲。♪あなたを 殺していいですか…と問う「天城越え」も尋常ではないが、♪誰にも触らす もんかいな…と宣言する、この曲は究極だ。

 石川は「悪いというだけではなく、一途に1人の男性を愛した、純粋な女性を歌にしてみたいと思いました。歌は、どんな時代でも、どんな人でも、瞬間的に変われます。皆さんも、またカラオケで歌える状況になったら、歌を楽しんでください」と話した。歌の世界ならば誰でも阿部定にもなれるということだが、果たして、愛するあまりに男性をあやめてしまう女性になり切って周囲に違和感を与えない人が他にいるだろうか…。「惚れたが悪いか」を聴くたびに石川の歌い手としての凄みを痛感する。

 非日常の世界を楽しむ中で、現実をひとつ思い出した。石川が明智光秀の母親役で出演したNHK大河ドラマ「麒麟がくる」に関するインタビューでの話。「芝居をやっていて気づいたことは?」との問い掛けに石川は「自分が人見知りだということを再発見しました。最初の頃、自分がセリフを言った後、お相手の方を見ているのが恥ずかしくて目をそらしたら監督さんに『ちゃんと見ていてください』と言われました」と答えた。

 堂々としたステージからはうかがい知れないシャイな一面。女優業の難しさについて「ラブシーンが凄いと思います。好きでもない相手の方に本気で『好き』と言って、そのシーンが終わると普通に戻るじゃないですか。歌い手も男になったり女になったり和なでしこになったりアメリカンになったりしますが、全て想像、妄想の世界ですから」と話していた。映像作品の中で輝く石川もまた見たい。

 この日のライブの最後は最新シングル「なでしこで、候う」。阿木燿子作詞、杉本眞人作曲で、♪大丈夫よ 独りじゃないわ…と優しく温かく歌いかける。石川は「いろんな人と疎遠になる状況で、今は会えないけれど、皆さんとも、しっかりと心はつながっています。そんな気持ちです」とファンに語りかけた。

 終演で席を立つ時、険しい現実がだいぶ緩やかになっている気がした。

 ◆牧 元一(まき・もとかず) 編集局デジタル編集部専門委員。芸能取材歴30年以上。現在は主にテレビやラジオを担当。  

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2021年7月10日のニュース