全部、夏のせい

[ 2018年7月17日 07:30 ]

 【我満晴朗のこう見えても新人類】梅雨が明けて蒸し暑い時期になると、特に脈絡なく思い出すムチャクチャな野球の試合がある。

 時は1983年7月24日、所はニューヨーク。ヤンキースがロイヤルズを迎えたデーゲームだ。9回表、4―3と1点を追うロイヤルズは2死無走者からワシントンがしぶとく中前打を放つ。次打者はG・ブレット。

 ここでヤンキースのマーチン監督が動いた。投手を守護神のゴセージにスイッチ。メジャーを代表するクローザーで、後にダイエー(現ソフトバンク)入りしたあの豪腕だ。

 2球目。外角高めの、明らかなボール球をブレットのバットは芯でとらえた。打球は地元ファンのため息とともに右翼席へ。5―4、土壇場の逆転弾。

 ブレットが喜々としてホームを踏み、3塁側ベンチに戻りかけると同時に、一塁側ベンチからピンストライプの背番号1が飛び出す。マーチン監督だ。たった今ホームランを生み出したライバルのバットを手に猛抗議を始めている。どうやら滑り止めに使うパインタール(松ヤニ)が規定の範囲を超えているらしい。

 当時の野球規則1・10ではグリップエンドから18インチ(約46センチ)を超えて滑り止めが使用されている場合は違法となる。そのバットで放った打球はすべて反則、つまりアウト。審判団は証拠物品を本塁の横幅(17インチ=約43センチ)にあてがい、明らかな使用過多を確認してからベンチにふんぞり返る背番号5にアウトを宣言した。自動的に試合終了、4―3でヤンキースの勝利。

 赤鬼のごとく怒り狂ったブレットはベンチから審判団にダッシュ。チームメートに羽交い締めされなければパンチを繰りださんかの勢いだ。気持ちは分かる。もともとバットにパインタールを大量にぬぐい付けるのが習慣だった。厳密に言えばルール違反だが、誰も指摘する者はいない。だがマーチンだけは虎視眈々(たんたん)と狙っていた。まさにしてやったり。希代の策略家、これぞ面目躍如なり…のはずだった。

 結局当時のアメリカンリーグ会長は本塁打を有効とし、9回2死からあらためて試合続行を命令。松ヤニによってバットの反発力が増すことはない、というのがその理由だ。

 今度は激情家のマーチン監督がぶち切れた。8月18日に同球場で行われた継続試合。同監督はバットにひげそりクリームを大量に吹き付けてフィールドに現れる。「これだって試合で使えるだろ?」。

 試合では左利きのマッティングリーを二塁手に、エースのギドリー投手を中堅に起用するハチャメチャぶり。プレーがかかると投手は無走者なのに一塁へ、続けて二塁に送球する。「ブレットはベースを踏んでない」というアピール。審判団が当該試合とは別クルーという「急所」をネチネチ突くあたりは異常すぎた。

 結果は9回裏の三者凡退でヤンキースの敗戦だったけど、まるで吉本新喜劇のドタバタ舞台。35年を経過しても強烈な記憶となって脳内にとどまっている。

 日本でも再試合、やってみたらいいのに。意外と面白い、かも。(専門委員)

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