甲子園37勝の名将勇退 強豪築いた「スイーツ作戦」 大谷、藤浪擁し代表監督も務めた「紳士」

[ 2023年2月9日 18:00 ]

2012年夏の西東京大会決勝、甲子園出場を決め、日大三・金子凌主将(右)をねぎらう小倉監督
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 2度の全国制覇を含め甲子園通算37勝を挙げた日大三・小倉全由(まさよし)監督(65)が9日、退任を発表した。

 65歳を迎えたため、3月限りで同校を定年退職することを同日、全選手に伝えた。後任監督には三木有造部長(48)が就任する。

 大会では選手が口をそろえて「監督を男にしたい」と答え、選手のみならず、多くの人々に父のように慕われた。甲子園37勝、全国制覇2度。名実ともに名将だった。

 30年を超える指導者人生で大切にしてきたのはナインとのコミュニケーションだ。千葉の自宅を離れて単身赴任で寮暮らしを続けてきた。廊下で選手と擦れ違えば必ず声をかける。風呂だって一緒に入り、失敗談も隠さず話す。「グラウンドで叱ったら叱りっぱなしはだめ。元気ないなと思ったら、部屋に呼んでなんで怒られたかわかるか?って。ちょっと甘いものを食べさせたりして」と、時に叱った選手とは監督室で冷蔵庫のスイーツやフルーツを振る舞いつつ、理由をかみ砕いて説明する。自然と選手との絆はでき上がっていった。「もちろん理論は大切ですが、高校生は心をつかむこと。それがなければ絶対に育たないです」。きめ細かいケアで選手と向き合い続け、強豪チームを作り上げた。

 「いつも言っているのは、一生懸命やらない選手はだめだよと。努力しないやつは自分にマイナスが来るだけ。うちは一生懸命やってる選手が良くなるんだよって」と、常に「一生懸命」を説き続けた。

 2012年には18U(18歳以下)世界野球選手権(韓国・ソウル)に出場した高校日本代表監督を務め、大阪桐蔭の藤浪(現アスレチックス)や森(現オリックス)、花巻東の大谷(現エンゼルス)らを擁したチームを率いた。

 勝てば決勝進出が決まる2次ラウンド最終戦の米国戦では、捕手・森が相手走者に再三本塁付近でタックルされ、猛抗議。試合後の会見では珍しく語気を強め「ルールを作ってくれないと、あれじゃ死んじゃいますよ」と憤った。熱い訴えはIBAFを動かした。のちにIBAF田和一浩副会長(当時)が日大三のグラウンドを訪問。「私が“あのプレーは納得いきません”と言ったら“あれは乱闘になってもおかしくない行為だった。ルールに文章化してああいうプレーが絶対に起こらないようにする”と言ってくれたんですよ」。田和副会長が直々に訪問したのは、ルールに「タックル禁止」の条項を盛り込むことを約束するためだった。

 大会中には他国の監督から「日本は圧縮バットを使用している」と挑発されたが、小倉監督は「全部調べてもらえばいい」と冷静。その紳士的な対応にIBAF関係者から称賛の声が相次いだという。

 時に熱く、時に冷静に。決して「最近の若い子は…」というフレーズを決して使わなかった名将。愛情を注いできた選手に見守られながら、静かにグラウンドを後にした。

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