【ノムラの遺産4】95年日本シリーズ メディア使った「心理戦」でイチロー封じ

[ 2020年2月15日 08:00 ]

95年の日本シリーズでイチローを封じたブロス
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 野村克也氏は常々「戦いはだまし合い、心理戦である」と言った。それが生きるのが短期決戦。90年代、ヤクルトの監督として3度の日本一に輝いた。その中で、今も語り継がれるシリーズが、オリックスと対戦した95年だ。「野村ID」対「仰木マジック」――。そしてオリックスには打率・342で2年連続の首位打者を獲得したイチローがいた。

 開幕3日前の10月18日。スポーツ新聞各紙に「ブロス右肩痛、石井開幕投手」の見出しが躍った。ところが、フタを開けてみると、第1戦の先発は同年14勝を挙げた助っ人右腕だった。現在、米国で代理人を務めるテリー・ブロス氏(53)が本紙の取材に応じ、当時のことを語った。

 「投球練習の前日、私は古田さんとともに監督室に呼ばれた。野村監督は“誰もが第1戦の先発はおまえだと思っている。だから心理戦を仕掛けよう。明日は肩なり、肘なり、痛みがあるように振る舞ってくれ”と」

 翌日、ブロス氏はウオーミングアップ中に突然、右肩を押さえてうずくまり、トレーナーが慌てて駆け寄った。その後、約20分間のアイシング治療。野村監督は「ダメそうや。恐れていたことが起きたわ」と嘆いた。全てが「演技」だった。

 野村氏が仕掛けたのは、これだけではない。イチロー封じのために、シリーズ前には報道陣を前にルールブックまで持ち出し「彼は(打席の)ラインを消して入る。本来、越えれば反則だ」とけん制。さらに「内角が弱い」と攻略法を明かした。それも作戦の一つ。ブロス氏は「最初は内角高めを真っすぐで突いたが、イチローはインハイを意識するあまりバランスを崩していたので、外角に切り替えた」と話す。内角の幻影に苦しんだイチローは第5戦で本塁打し、一矢報いたものの第4戦まで16打数3安打と完璧に抑えられた。

 相手を考えさせるのも野村ID野球の真骨頂。そのためにはメディアも有効利用する。「野村監督の緻密な野球は難しく、正直、現役時代は彼のことが好きではなかった。でも引退してから凄さが理解できた。06年に日本に行った時は東京ドームで会って、長い時間話し込んだ。私の野球人生に大きな影響を与えてくれた存在」。そう言って、ブロス氏は米国から野村氏をしのんだ。 (特別取材班)

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