阪神は「神頼み」がお好き――開幕前2度の神社参拝

[ 2019年3月6日 08:00 ]

西宮神社に参拝した阪神ナイン(撮影・大森 寛明)
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 【内田雅也の広角追球】阪神タイガースは「神頼み」が好きな球団である。必勝や安全を祈願する開幕前の神社参拝も2度行う。

 今年で言えば、5日に西宮神社(西宮市社家町)に参った。27日には広田神社(西宮市大社町)に詣でる。

 西宮神社はえびす神社の総本社で「えべっさん」として親しまれている。毎年1月10日、福男を選ぶ「走り参り」で知られている。いわば商売繁盛の神さまである。

 広田神社は日本書紀に創建が記される、兵庫県で最も古い歴史がある。旧・官幣大社である。

 タイガースとの関係も球団創立時から続いている。創設初年度の1936(昭和11)年2月11日、当時の紀元節に出向いた。初代主将・松木謙治郎は著書『タイガースの生いたち』(恒文社)に<タイガースにとってまさに記念すべき日であった>と記した。<午後一時、雪の残っていた甲子園に全員集合し、選手の紹介が終わったあと、バスで官幣大社広田神社に参拝した。これがチームの結成式であり、球団の繁栄と必勝を祈願した最初の日である>。

 参拝後、甲子園に戻ると「Tigers」と虎マークが入った真新しいユニホームが配られた。そのまま浜の宮公園(兵庫県加古川市)での合宿に向かった。

 つまり、広田神社参拝は球団創設から84年続いているわけで、プロ野球最古の神社参拝だと言えるだろう。

 西宮神社への参拝がいつから始まったのか、正式な資料は残っていない。一部では1962(昭和37)年、2リーグ制となって初の優勝を果たした際の優勝パレードがきっかけだと言われている。同年10月5日で、甲子園球場を出発し、尼崎市役所―西宮市役所―芦屋市役所―兵庫県庁―神戸市役所と回り、虎風荘に帰るルート。この合間に西宮神社に立ち寄った。翌年から参拝が恒例化したそうだ。

 何しろ、当時の監督・藤本定義はよく神頼みする人だった。このリーグ優勝決定当日も京都・八瀬の九頭竜大社にお礼参りに出向いていた。東京遠征の定宿だった本郷の清水旅館関係者から、後楽園のナイターの日は浅草寺や成田山・新勝寺に参拝に出向いていたと聞いた。

 かつては広田神社には1月末のキャンプイン直前、西宮神社は3月末の開幕直前に出向いていた。後に、ともに3月に詣でるようになり、2013年からは先に商売繁盛の意味合いが強い西宮神社、開幕近くに必勝の意味合いが強い広田神社と順序を入れ替え、今にいたっている。

 この開幕前の2度参拝について、2000年代の初め、球団がスケジュール編成の都合から1度にしようとしたことがあった。提案を聞いた当時の名物オーナー、久万俊二郎(電鉄本社会長)が「何を考えているんだ!」と烈火のごとく怒り、却下したそうだ。どうも、本社上層部からして、信心深いようだ。

 チームとして参拝するのはこの2度だが、球団フロント陣はキャンプ地でも参拝する。

 沖縄・宜野座村野球場(かりゆしホテルズボールパーク宜野座)の近くには遺跡とガジュマルの大木の元に拝所(うがんじゅ)があり、2月1日にキャンプインの朝に詣でる。線香をあげ、お神酒をいただく。

 1軍が高知県安芸市の安芸市営球場(安芸タイガース球場)でキャンプを張っていた当時は球場近くの西八幡宮に参っていた。

 大リーグの名フロントマン、サンディ・アルダーソン(現メッツGM)も「いつだって一寸先は闇」と語っている。「悲しい話だが、どの試合を最後に勝てなくなってしまうのか、結局どの試合がシーズンの頂点だったのかは、決してわからないというのが現実なんだ」。

 つまり、勝負、ペナントの行方は神のみぞ知る。むろん、ユニホーム組も背広組も勝つための努力は怠らないが、神頼みは大切な行事なのかもしれない。=敬称略= (編集委員)

 ◆内田 雅也(うちた・まさや) 2月の約1カ月間滞在した沖縄では各地で御嶽(うたき)や戦跡、慰霊碑、平和祈願の碑に出くわし、よく祈った。1963(昭和38)年2月生まれ。大阪本社発行紙面で掲載のコラム『内田雅也の追球』は13年目を迎えた。

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