巨人・原監督が勇退 後任最有力に江川氏、川相ヘッド昇格も

[ 2015年10月18日 05:54 ]

後任監督候補の江川氏(左)と川相ヘッド

セ・リーグCSファイナルS第4戦 巨人2-3ヤクルト

(10月17日 神宮)
 巨人の原辰徳監督(57)が17日、ヤクルトとのクライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージでの敗退を受け、辞意を表明した。今季は打撃不振でリーグ4連覇を逃し、逆転日本一の夢も途絶えた。新陳代謝が必要とし、通算12年間で7度のリーグ優勝、3度の日本一に輝いた名将は、自ら身を引くことを決断した。19日に渡辺恒雄球団最高顧問(89)に報告する。後任は球団OBで野球評論家の江川卓氏(60)が最有力で、川相昌弘ヘッドコーチ(51)も候補に挙がっている。

 原監督は試合後、観客席のファンに向かって3度、深々と頭を下げた。吹っ切れたような柔らかい表情が印象的だった。クラブハウスで桃井恒和球団会長、堤辰佳GMらに辞任を申し入れると、全体ミーティングでコーチ、選手らにも報告。その後、時折笑顔を交えながら報道陣に対応した。

 「長きにわたり監督をやらせていただきましたけど、そろそろ潮時だなと。このチームには新陳代謝というものが必要。次の世代、その次の人たちにジャイアンツを託そうと。今季限りでジャイアンツのユニホームを脱がせてくださいというお願いをした」

 12年はセ・リーグ初の交流戦優勝を皮切りに3年ぶりのリーグ優勝、日本一など球団史上初の5冠。そこからリーグ3連覇を果たした。一方で「この3年間、なかなか成績が上がらす、少しずつ下降線をたどっている」という葛藤があった。頂点を極めたことで生まれた悩み。13年は日本シリーズ敗退、14年はCSファイナルS敗退。今季はレギュラーシーズン2位。日本シリーズにも進むことができなかった。

 第2次政権は今季で10年目。原監督が「新陳代謝が必要」と話したように、チームは変革への過渡期を迎えつつある。今季は阿部や村田、長野、坂本という主軸が極度の打撃不振に陥った。ファイナルSでも25イニング連続無得点など、最後まで打線は沈黙した。投手陣の杉内、内海らも含めて故障者も続出した。そんな厳しい状況の中でも立岡や吉川、岡本ら若手を積極起用したが、ヤクルトの牙城は崩せなかった。

 原監督は2度の政権を含めた計12年でリーグ優勝7回、3度の日本一。09年には第2回WBC大会を指揮して世界2連覇も達成した。まさに名将と呼ぶにふさわしい功績を残したが、14年から結んでいた2年契約が今季で切れる中、シーズン中に続投要請はなし。自然と自らの進退を考える時間も増え「2016年度のジャイアンツは新しい指導者にお任せしようと。それがジャイアンツのためであり、プロ野球のためである」と決めた。

 後任の有力候補は球団OBで野球評論家の江川氏。巨人戦を中心に野球解説を続けていることで、チームの現状にも精通している。分かりやすい解説や、独自の理論にはファンも多い。また、川相ヘッドコーチの内部昇格により、原野球をスムーズに継承するという選択肢も残されている。

 原監督は19日、渡辺最高顧問、白石興二郎オーナーに直接辞意を伝えることになる。まだ正式な受理はされていないが、その決意は固い。名将が去り、巨人が大きな大きな転換期を迎える。

 ▼巨人・桃井恒和球団会長 監督から辞任の申し入れがあった。オーナーにも伝えましたが、オーナーはあさって(19日)に主筆(渡辺最高顧問)と一緒に、直接話を聞く。今後の話もしたい。理由はいろいろあるんでしょうけど今回(CS敗退)のこと、今季で契約が満了することに加えて、10年やってきて新陳代謝が必要と言っていた。

 ◆江川 卓(えがわ・すぐる)1955年(昭30)5月25日、栃木県生まれの60歳。作新学院3年春夏の甲子園に出場。法大などを経て、78年ドラフト会議前日の「空白の1日」で巨人と契約。これが認められず、ドラフト1位指名の阪神と契約した上で79年1月に小林繁とのトレードで巨人に入団した。80、81年に最多勝、81年はMVP、最優秀防御率などのタイトルも獲得。87年に現役引退。通算成績は266試合で135勝72敗3セーブ、防御率3・02。

 ◆川相 昌弘(かわい・まさひろ)1964年(昭39)9月27日、岡山県生まれの51歳。岡山南では投手として2度、甲子園に出場。82年ドラフト4位で巨人に入団。04年から3年間は中日でプレーし、06年を最後に現役引退。通算成績は1909試合で打率・266、43本塁打、322打点、47盗塁。通算533犠打は世界新記録。ゴールデングラブ賞6度。07年から中日で内野守備走塁コーチなどを務め、11年からは巨人2軍監督。13年からヘッドコーチ。

 ◆原 辰徳(はら・たつのり)1958年(昭33)7月22日、福岡県生まれの57歳。東海大相模で甲子園に4度出場し、東海大を経て80年ドラフト1位で巨人入団。81年は新人王、83年は打点王とMVPを獲得した。ベストナイン5度、ゴールデングラブ賞2度。95年に引退。通算1697試合で打率.279、1675安打、382本塁打、1093打点。02~03年、06年~巨人監督。7度のリーグ優勝、3度の日本一を果たす。09年WBCでは侍ジャパンを率いて2連覇へと導いた。

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