村田独占手記 移籍2年目で貢献「いい意味で開き直れた」

[ 2013年9月23日 11:03 ]

金髪のホールトン(右)にビールをかけられ笑顔の村田

 リーグ連覇した巨人の村田修一内野手(32)が、スポニチ本紙に独占手記を寄せた。移籍2年目の今季は7、8月に連続月間MVPを獲得。8月にはセ・リーグ記録となる月間46安打の大活躍をみせた。シーズン中盤には打順を9番まで下げられたが、終盤には4番に固定。地獄から天国へはい上がった男が、逆襲劇の裏での心境を告白した。

 もう村田、終わりだな――。そう言われるのが一番嫌だった。見返してやる気持ちもあった。野球選手として踏ん張り時だと思った。そしていい意味で開き直れた。だから今こうして、優勝の場に立ち会えたと思います。

 昨年は日本一の喜びはあったが、どこかに引っかかってもいた。もっと打ちたかった、もっと貢献できた。今年はいいスタートを切れたが、また打てなくなった。6月には打順も8、9番と下においやられて。何しに来たんだ俺は。これで優勝しても、また一緒だ。でも今までの打ち方じゃ、どうしようもならない。

 全てを変えよう、と決断したのは6月25日の広島戦(マツダ)から。構えからタイミングの取り方から、意識から、全部変えましたね。口に出さずにいましたが、タイミングの取り方で参考にさせてもらったのは内川です。上段の構えから、グリップをぐいと下げました。同じ右打者で、横浜で3、4番を打った。ライバルでもあり、素晴らしい選手と思う、特別な存在の一人です。自分が一番打っていた時は、内川が前にいた。それを見て、同じタイミングの取り方をしていたんじゃないかな、と。熱心に内川の打席の映像をたくさん見ました。あすの先発が前田健なら、前田健と対戦する内川の映像を見て、どうタイミングを取っているのか。全てを変えるのに勇気もいりました。でも安定した数字がないと首脳陣も使えないし存在意義さえなくなってしまう。技術的にはそれがハマりました。内川に電話の一本はした方がいいですね。勉強させてもらいましたと。

チームになじめたことも大きかった。5月26日のオリックス戦(東京ドーム)では初回にエラーし、その裏に3球三振。1打席で交代を告げられた。すぐに阿部さんから食事に誘われました。遠征中はともかく都内ではめったに一緒に出ません。焼き肉店で「みんなも通ってきた道だから。監督はそういうことでチームを引き締めようともしているし。それは真摯(しんし)に受け止めて、見返そうという気持ちは強く出さなくていい。いつも通り野球をやればいいから」と言ってもらって。ありがたかったですね。肉体的には一度ピンチがあった。8月20日のヤクルト戦(長野)の移動の新幹線で腰に激痛が走った。座骨神経痛のようになり、お尻がしびれ始めた。実際、2試合打てなくて。でもチームのトレーナー陣や、個人契約を結ぶ升永トレーナーの処置のおかげで3、4日で事なきを得ました。去年のハワイに升永さんは同行しなかったので、今年は優勝旅行に連れて行きたいと頑張りました。

 去年は守備の人のようにも言われた。でも、バットで貢献したかった。三塁手だから。長嶋さんや原さんが守ってきた場所だから。ほろ苦かったビールの味がこんなにもおいしかったなんて。今なら心の底から言える。巨人に来て良かった。(読売ジャイアンツ内野手)

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