“幼なじみ”本紙記者が見た大栄翔「勇人」 真面目で稽古熱心 強くなっても変わらない謙虚さ

[ 2021年1月25日 06:00 ]

大相撲初場所 千秋楽 ( 2021年1月24日    両国国技館 )

03年8月、稽古後にビニールプールで遊ぶ(左から)大栄翔、記者、植木隆之さん
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 大栄翔は埼玉県の朝霞相撲錬成道場で力をつけた。その道場で小中学生時代にともに稽古を積み、早大相撲部を経てスポニチに入社した編集局整理部の前川晋作記者(26)が、大栄翔との思い出を語った。

 今場所5日目終了時、“先輩”に激励のLINEを送った。「優勝期待してます」のメッセージに「ありがとう!頑張るわ!」とすぐに返事をくれた。この時から初優勝を予感していた。

 大栄翔の人柄を表すには「実直」という言葉が似合う。小中学生の頃、毎週土曜日の稽古で顔を合わせた。あまり相撲が盛んな地域ではなかったため、当時部員は10人ほど。少ない時は2人だけでひたすら三番稽古をし続けた。その頃から突き押しが強く、1学年下の私は何回挑んでも勝てなかった。小学校の高学年の頃の私の体重は40キロで大栄翔は80キロ以上あったと思う。稽古相手としては物足りなかったと思うが、決して手を抜くことはなかった。

 ぶつかり稽古で何度転がされても弱音を吐いたり泣いたりしたのを見たことはない。将来の角界入りを目指しており「強くなりたい」という気持ちが伝わってきていた。休まず来ては最後の片付けまでしっかりやる真面目な先輩だった。

 その半面、稽古が終わると上半身裸のまま走り回ったり鼻歌を歌っていたりと無邪気な一面もあった。早食いが得意で、ミカンを丸ごと一口で食べて「一つずつ食べなさい」と母親に注意されていたこともあった。

 私は昔から「勇人(はやと)」と呼んでいる。仲の良い兄のような存在で、親しみを込めての“呼び捨て”だった。その関係性は変わらず、今も気さくに接してくれる。17年夏、幕内力士となって地元に凱旋した大栄翔と思い出の道場で再会した。私は見学だけのつもりだったが、「勇人」に促されて稽古に参加した。思い出話に花を咲かせたり相撲を取ったり。有名になっても、驚くほど謙虚で昔と変わらないままだ。

 あれからさらに強くなってついに幕内優勝まで成し遂げた。昔と変わらない「勇人」が角界の頂点へと駆け上がる日が待ち遠しい。

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