「野性爆弾」くっきー! 売れたきっかけは深キョンだった「インスパイアされて」

[ 2020年1月7日 05:31 ]

野性爆弾くっきー!
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 お笑いコンビ「野性爆弾」のくっきー!(43)が7日、テレビ朝日系の「しくじり先生 俺みたいになるな!!」(前0・15)に出演、「客のことを一切考えず22年間売れなかった」が、深田恭子のおかげで転機が訪れたことを語った。

 くっきーは友人に誘われ“NSC吉本芸人養成スクール”に入学。1994年に相方ロッシー(44)とともに“野性爆弾”を結成したが、その独特な芸風から売れない年月が続いた。くっきー!は「ちゃんと飯が食えるようになったのは3年前」と語り、売れなかった理由を「客をドン無視してきたから」と説明。「客に合わせる芸人はクソだ」と思い、我流を貫き通してきたが、その結果「お客さん、スタッフ、先輩からバチギレされた」と語った。

 NSCで同期のお笑いコンビ次長課長の河本準一は「同期の間では、一番最初に売れるのは野生爆弾の2人だな、と思っていた」と語るが、デビュー5年目に女子大の学園祭で、局部を切るネタをやって出禁となるなど「自分がオモロいと思うネタ」をやり続けた結果、観客からアンケートで「意味がわからん」「二度とくるな」などと書かれることに。それでも本人は「ピクリともショックではなかった。お笑い芸人の反応がすべてと思っていた。袖に帰ったら、同期が『オモロかった』と言ってくれる」のが大事と思っていたという。

 そんなくっきー!だが、8年目の時に芸人をやめようと思ったことがあった。単独のイベントをやった時に、300人の収容人数のところ、60人くらいしか観客が入らなかったためで、「辛くて」とくっきー!。その時、相方のロッシーが「もうちょっと頑張ろう」と声を掛けてくれて思いとどまったという。

 人生の大きな転機が訪れたのは深田恭子(37)と語る。深田は、2004年5月に公開された「下妻物語」でロリータファッションを愛する竜ヶ崎桃子を演じたが、くっきー!は「インスパイアされて」、ロリータファッションを取り入れたところ、一気にテレビに出られるようになり「かわいい系」として取り上げられた。さらに15年に本名の川島邦裕からくっきーに改名したのも、弾みをつけたひとつの要因だった。

 河本は「その前から、くっきーが辞めようかな、という噂は聞いたことがあって、でもある偉大な先輩が『くっきー!っていう宝物を捨てるのか。ちゃんと吉本に残しておかないと、後々どえらいことになるぞ』って言っているくらい、才能は認められていて、それからちょっとしてくっきー!改名、一気に跳ねるってことがあったから、22年っていうのはでかいのよ正直。一番売れると思っていた人が一番最後まで売れなかった。このままこの人が腐っていくのだけは見たくなかった」と明かした。

 くっきー!も「ほんま芸人に助けられているのよ。芸人になってよかったなと思ったのはそんなとこかな。売れるかわからんのに止めるってできないのに、それを止めてくれたのは僕的にしみる。ほんまに仲間ありきの僕ですよ」と語るものの、しみじみする共演者に「殺したろか」とくっきー節。「照れ屋だからな」と言われ「しみじみだけで終わるのやめてほしい」と照れ笑いしていた。

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