【内田雅也の追球】秋思の「敢闘」の美学 矢野が引退試合の日にも大事にした“凡打疾走”の心

[ 2022年9月30日 08:00 ]

10年9月30日、引退セレモニーで胴上げされる阪神・矢野
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 メキシコのリゾート地・カンクンで漢字で「敢闘賞」と刻印された金色のメダルを見せてもらった。2002年11月、インターコンチネンタルカップ(IC杯)日本代表が練習試合を行ったベト・アビラ球場。中年の男性が近づいてきて「息子が日本でもらったメダルだが、どういう意味か教えてほしい」と手渡された。レオナルド・アレホさんと名乗った。

 1990年、大阪、名古屋で開かれた国際野球連盟主催の15歳以下世界大会での表彰だった。息子フェルナンド・アレホ内野手は26歳になり、カンクン選抜で日本代表との試合に出場していた。

 「敢闘賞は、1番ではないが、全力を尽くし、果敢に戦った者に贈られる賞です」と、英語と片言のスペイン語で説明した。父は「負けたけど頑張ったという賞か。メキシコにはないよ。素晴らしい」と喜んでいた。

 確かに敢闘賞という表彰は国際的には珍しいのかもしれない。

 今の阪神も敢闘している。レギュラーシーズンは残り1試合。クライマックスシリーズ(CS)進出に望みをかける。今季限りで退任する矢野監督、最後の戦いである。

 きょうは、そんな矢野の「引退試合」の日である。2010年9月30日の横浜(現DeNA)戦(甲子園)。最後の打者でマスクをかぶる予定だった。しかし、藤川球児が逆転弾を浴びて出場機会は消え、試合後のセレモニーで胴上げされた。

 矢野は引退試合に向けある思いを描いていた。著書『考える虎』(ベースボール・マガジン社新書)にある。<ファン、そして自分自身への区切りのため><もし打席に立てるのであれば、最後の儀式としてヘッドスライディングするつもりでした>。実際、内野ゴロを打つ練習もしていた。

 その心は監督となってからチームに浸透してきた。凡打疾走の不屈、敢闘精神だ。監督として3、2、2位ときて今季は3位を争う。立派な敢闘賞だが優勝ではない。

 <敗者には美学しかない>と知将・三原脩が著書『風雲の軌跡』(ベースボール・マガジン社)で書いている。<歴史は勝者によって語り継がれてゆく><敗者であるより勝者たれ。それが私の哲学でもあった>。

 就任内定の新監督・岡田彰布は勝利へのこだわりが激しい。敢闘の美学と勝者の栄光か。物思う秋である。=敬称略=(編集委員)

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2022年9月30日のニュース