【内田雅也の追球】“考える選手”を考える――阪神2番・近本が試みたバントの意味

[ 2020年3月2日 08:00 ]

<ソ・神>9回無死、セーフティーバントを試みる近本{撮影・成瀬 徹)
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 阪神・近本光司のツイートを感心して読んだ。この春初めての無観客試合だったソフトバンク戦(ペイペイ)を終えた前夜(2月29日)につぶやいていた。

 <無観客のなかで試合をして、僕は“音”が気になりました>と書き出し、2通発信している。

 <打球判断に役立つスイング音、打球音。投球ごとに違う、踏み出し音。投手がモーションに入ったとき、静けさの先にある空調の機械音。古巣相手に投げる中田賢一さんへのシャッター音>

 遠くセンターのポジションから打者のスイングの音や投手の足が着地する音まで聞いているのかと感じ入る。そして<今日はいろんなことに気づかされました。シーズンでも役立てられるようなことを、この期間で発見したい>と締めている。

 歓声や鳴り物にかき消され、ふだんは聞こえない音に耳を澄ます。豊かな感性と気づき、そして向上心に感じ入った。

 一昨年のドラフト会議当日(2018年10月25日)、西宮市の大阪ガス今津総合グラウンドで取材した際も「思慮深い選手だな」と第一印象を抱いた。本人も驚いた阪神1位指名にも動揺することなく、記者団に応対していた。

 もちろん、近本に限らず、野球選手は一般に思慮深い。間(ま)のあるスポーツだけに考える時間が多いからだろう。

 <常に考えてプレーしなければならず、したがって考え深い内省的な選手が沢山いる>と、野球を愛するエッセイスト、ロジャー・エンジェルが『憧れの大リーガーたち』(集英社文庫)で書いている。

 ツイートから一夜明けた1日のソフトバンク戦(ペイペイ)。近本は無安打だった。そんな結果などどうでもいい。彼は4打席で2度バントを試みていた。

 1回表、無死一塁で初球をセーフティー気味にバントしファウルとなった。9回表先頭ではセーフティーバントを投手左(狙いは三塁前か)に転がし、アウトとなった。恐らく、いずれもベンチの指示ではなく、自ら考えて行ったバントだったのだろう。

 注目したいのは初回無死一塁でのバントである。監督・矢野燿大は昨季盗塁王、セ・リーグ新人最多安打を記録した俊足好打の近本を2番で起用する方針を示している。俊足で併殺がほとんどなく(昨季併殺打2)、打って好機を拡大させる意図だ。1点ではなく2点、3点……を狙う攻撃型2番を期待している。

 昔で言えば、1992年、今はなき監督・中村勝広が2番に抜てきした亀山努(現本紙評論家)である。同年創設されたセ・リーグGOGO賞の初代受賞者となった。月別にテーマがあり、3・4月度は「好走塁賞」。代名詞のヘッドスライディングに加え「バントのない2番」と犠打0も評価された。5年連続5、6位の「暗黒時代」のなか、この年は最後まで優勝を争う快進撃を見せた。その象徴的存在が亀山だった。

 今年の近本も本番の初回無死一塁は基本的にベンチの指示は「打て」だろう。相手もそう予測する。お決まりの「打て」ではなく、「バントもある」と見せておくことに意味があるとみている。

 大リーグ通算最多4256安打のピート・ローズは左打者で、三塁前バントや左方向への軽打ばかりでなく、時には引っ張る強打を見せた。打球を予測されるのを嫌い「相手にシフトを敷かせないことだ」と語った。ローズは軽打と読まれるのを嫌い強打、近本は強打と読まれるのを嫌い軽打したわけではないか。

 ともかく、野手を前後左右、どこに打球が来るのか、予測させない打撃が安打量産につながるのだ。

 先のエンジェルの文章には続きがある。<それだけ考え抜いていても、毎日の試合ごとに予期しないことが起こる。それほど厳しい環境が野球なのだ。何とも魅力的ではないか>。

 長いシーズンは考えと考えの応酬で、実に厳しい。考えたから必ず結果がともなうわけではないが、考えない者は脱落していく。“考える選手”のバントには考えがあったのだ、と考えてみた。=敬称略=(編集委員)

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