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【コラム】金子達仁

「五輪中止」求める声 IOCの責任転嫁抑制に?

[ 2020年6月18日 12:00 ]

 なったことはないし、そもそも、なろうと考えたこと自体がない。なので想像するしかないのだが、もしわたしが選挙に立候補するとしたら、掲げる公約は大まかにいって2つに分けられると思う。

 一つは自分の信念によるもの。たとえば……学生は複数の運動部に所属する権利を持つ、とか。適性のあるスポーツに出会える可能性が飛躍的に高くなるし、競技人口も大幅に増える。一つのスポーツ、一つの団体への滅私奉公を美談とするのではなく、やりたいことを、やりたいところでやれるようにする。さすれば、日本のスポーツはさらなる発展と国際競争力を獲得することができるはず……とまあ、自分の理想ですな。

 ただ、想像するに、己の理想を語っているだけで当選できるほど、選挙は甘いものではないはず。となれば、必要になってくるのはウケのいい公約。キャッチーで、賛同者が多そうで、かつ、ライバルとの違いや差を鮮明にできる公約――。

 というわけで、東京都知事選に出馬した方の中に「東京五輪の中止」を公約に掲げる人が少なくなかったのは、推測するに、この公約が都民に受ける、響くと考えた人が多かったということなのだろう。現職が推進論者である以上、対決色もはっきりと打ち出せる。

 ま、わからないではない。東京五輪の開催が決まったとき、毎日新聞が実施したアンケートで、「五輪に期待するもの」で筆頭にあげられたのが「経済効果」だった記憶がある。個人的には膝がヘナヘナしてしまったのだが、残念ながら、それが当時の日本だった。だとしたら、さらなる追加資金が必要になるっぽい五輪なんかやめちまえ、なんて声が高まるのも当然のこと。儲かりそうだからとの理由で五輪を支持した人たちが、五輪のために多くのものを費やしてきたアスリートや関係者に思いを馳せたりしないのも当然。

 いや、それがけしからん、といいたいのではない。わたし自身、このままだと五輪の開催は無理だろうな、というのが正直なところ。五輪のためにパンデミックが拡大したり、あるいは拡大予防のために入国に制限をかけるのであれば、やるべきではない、とも思う。中止の代わりに、次回開催予定のパリにも痛みを負担してもらい、開催を4年ずつズラす案を提案し、それが厳しいようであれば、その次の4年後にねじ込む……というのが私案。
 ただ、これまた想像になってしまうのだが、都知事選の立候補者に東京五輪の中止を掲げる人が多かった事実は、IOCとの折衝にあたっている人たちからすると、ちょっとした追い風になりそうな気がする。

 延期決定以降のIOCの動きを見ていると、延期に至った責任の多くを日本に押しつけ、よって追加予算も押しつけたがっている気配が満々。感じるのは「五輪、開催したいんだろ?だったらカネの方もよろしく」といった上から目線。

 だが、中止を求める声の増大は、「じゃ、やめます」のブラフに力を与える。日本は五輪だけで動く国ではないが、IOCは五輪だけで動く組織。中止になったときのダメージが大きいのは、さて?(金子達仁氏=スポーツライター)

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