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【コラム】金子達仁

スペイン戦の経験は、この先なでしこの支えになる

[ 2023年8月3日 06:00 ]

熊谷主将(AP)
Photo By AP

 原稿を送信してすぐ、「しまった」と思った。

 月曜日、女子W杯日本対スペイン戦直後のこと。「男子のサッカーも含めて、こんなことはまず記憶にない」と異様なほど高かったなでしこの決定力に感嘆する原稿を送っておきながら、たった1本のシュートで優勝候補を沈めたW杯の伝説を思い出してしまったからである。

 33年前のW杯イタリア大会。決勝トーナメント1回戦でブラジルと対戦したアルゼンチンは、最初から最後までほぼ一方的に押し込まれながら、マラドーナからのスルーパスで抜け出したカニーヒアがGKタファレルを破り、W杯史上に残る“ワンパンチKO”を演じてみせた。つまり、圧倒的な劣勢を決定力の高さでひっくり返した例は、過去にないわけではなかった。

 ただ、完全に同種の試合だった、というわけでもない。

 ブラジルと戦った90年のアルゼンチンに、見るべき戦術は何もなかった。あったのは、前回大会王者としてのプライドと、自分たちにはマラドーナがいる、との思いのみ。GKゴイコチェアの再三にわたる好守がなければ、それこそ4―0になっていてもまったく不思議ではない内容だった。

 なでしこは違った。スペインにボール保持率で劣ったのは事実としても、GK山下が汗だくになるような展開ではまったくなかった。さらに、試合の流れを決定づけた先制点は、神頼みやまぐれではなく、完全に狙った上でのものだった。

 常識的に考えて、押し込まれたチームの最終ラインは下がり気味になる。だが、ほぼ一方的にボールを保持されていた前半12分、CBの熊谷にバックパスが入った段階で、左ウイングバックの遠藤はセンターサークルを越えたところに位置取りをしていた。

 遠藤のサイドには、スペインで最も警戒するアタッカーの一人、パラリュエロが張り出していた。さらに、先制点が生まれる数分前、日本は左サイドからのクロスで裏を、つまり遠藤の担当エリアでヒヤリとする形をつくられていた。

 この状況で、自らの判断だけで前めの位置取りができるウイングバックはなかなかいない。

 ところが、前半12分にセンターサークルをはるかに越えた位置でパスを受け、糸を引くようなアーリークロスで先制点のお膳立てをした遠藤は、その数分前にも、同じような位置取りで、長野からのロングパスを受けている。

 つまり、遠藤の位置取りとラストパスは、まぐれでも“神”頼みでもなく、完全にデザインされたものだった。マラドーナがカニーヒアに通した一世一代のスルーパスとは違い、再現性が期待できる得点だった。

 ノルウェーとスペインとではタイプが違う。守り方の方法や質も違う。それでも、相手の弱点を全員が認識し、どれほどの苦境に立たされても刃を隠し持ち続けたスペイン戦の経験は、間違いなくなでしこたちの支えになろう。

 加えて言うならば、いまのなでしこには世界一を知る熊谷がいる。33年前のW杯で、崩壊寸前に陥ったアルゼンチンを支えたのが前回王者としてのプライドだったように、勝った経験のある選手の存在は、チームにとってきわめて大きい。

 とはいえ、対するノルウェーも第2回大会の優勝国。簡単な試合にはなるまい。ドイツ、スウェーデン、米国とぶつかった12年前同様、ここからは一戦一戦がすべて決戦である。
(スポーツライター)

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