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【コラム】金子達仁

指先1本でチームに打撃… 嫌な時代

[ 2023年4月11日 13:00 ]

W杯カタール大会開会式(ロイター)

 きっと、ゴキブリのようなものなのだろう。全面的に駆除をしたと思ったら、またぞろ湧いてくる。その生命力は相当にしぶとい。

 人種差別のことである。

 阪神戦で被弾したDeNAのエスコバー投手が、人種差別的……というか、強烈な差別意識むき出しのDMを受け取ったという。

 もしわたしがエスコバーだったら……きっと退団を考える。差別的なメッセージを受け取るという経験に、プラスに変えられる要素は何もない。自分の心の柔らかい部分が蝕(むしば)まれていくだけ。それでも、そんな言葉を投げつけてきたのが他のチームのファンであれば、まだ怒りをエネルギーに変えることが可能かもしれない。

 だが、味方から投げつけられてしまったら。安全だと考えていた背後から撃たれてしまったら。わたしだったら、チームのためにプレーする意欲が根絶やしにされる。何をどう考えても、エネルギーには変換できそうもない。味方の中には、最悪のレイシストがいて自分を狙っている。

 ……ということを狙ってのDMだというのであれば、送り主の狙いは見事に成功している。エスコバーがいなくなればDeNAは強くなるのか?なる、というのがその人物の結論なのだろう。でなければ、やっていることと、それが愛する(であろう)チームに及ぼすであろう効果の因果関係に説明がつかなくなってしまう。

 いや、ひょっとしたらDeNAの弱体化を狙った他チームのファンがやったのかもしれないし、単なる考えなしや歪(ゆが)んだ自己顕示欲の持ち主の行状ということもありうる。球団は「法的措置を取る場合がある」と警鐘を鳴らしているが、今後も似たような事件はまた起こってしまうことだろう。

 わたしには、恐れているシナリオがある。

 かつて、イングランドといえばフーリガン(ならず者)と見なされていた時代があった。02年のW杯日韓大会の際、いろんな方から「フーリガンは日本にくるのでしょうか」と真顔で聞かれたのが懐かしい。

 だが、現在のプレミアリーグに、かつての荒(すさ)んだ空気を見出(みいだ)すことは難しい。チケットが高騰したこと、日本の暴走族同様、フーリガンが「クール」と見なされなくなったこと、など理由はいくつかあげられているが、わたしは、ファンの行状によってチームが責任を取らされるようになったことも大きいと見ている。

 きっかけは、いわゆる“ヘイゼルの悲劇”だった。ファンがトラブルを起こした責任を問われ、リバプールには10年、イングランドのすべてのクラブに対しても5年間の国際試合への出場禁止処分が下された。チームはチーム、ファンはファンという考え方が一般的だった欧州のサッカー界には、この事件以降、ファンの行いも含めてチームの責任という認識が広がっていく。

 そもそも、欧州は米国に比べると人種差別に対する反応は鈍かった。多くの国で黒人選手がボールを持つたびに異様な罵声が飛び交っていったのは、ほんの四半世紀前のことだ。

 残念ながら、そうした空気が皆無になったわけではないが、それでも劇的に改善されたのは、ファンの行状によってチームが打撃を受けるようになったからだった。

 だとしたら、これからは一人の人間の指先1本で、チームが、競技が打撃を被る時代がくるかもしれない。第三者が、打撃を与えることを目論(もくろ)んで悪質なつぶやきをするかもしれない。

 嫌な時代である。(金子達仁=スポーツライター)

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