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【コラム】金子達仁

W杯を「変えた」アジア、アフリカ 支配者たちを“臆病”にさせたアウトサイダー快進撃の連係

[ 2022年12月5日 11:00 ]

FIFAワールドカップ(W杯)カタール大会

スペイン戦の試合終了の瞬間、喜ぶ日本代表(撮影・西海健太郎)
Photo By スポニチ

 【W杯戦記】開催国が開幕戦で敗れるという、史上かつてない形で始まったW杯は、予想通り、いや、想像をはるかに超える、史上かつてない大会になりつつある。

 そのことを改めて痛感させられた決勝トーナメント1回戦だった。

 アジアが、アフリカが、大会に影響を与えている。

 当たり前だ、と思わないでいただきたい。過去にも、アジアやアフリカのチームが大会に驚きをもたらしたことはあった。だが、時には歴史的でさえあった大番狂わせが、大会全体に影響を及ぼしたかと言えば、答えは断じて「ノー」である。

 66年W杯で北朝鮮がイタリアを破った時、82年にアルジェリアが西ドイツを下した時、90年のオマン・ビイクのヘッド1発でカメルーンがアルゼンチン相手に大金星をあげた時、いわゆる強豪国はどんな気持ちで番狂わせを眺めていたか。

 嘲笑である。

 哀れなイタリア、ざまあみろ西ドイツ、無様(ぶざま)なアルゼンチン。当事者以外にとって、番狂わせは対岸の火事だった。同じことが自分たちの身に降りかかると考えた人はほとんどいなかったし、実際、降りかからなかった。

 番狂わせを起こす側の気持ちも違った。一度番狂わせが起きたからといって、自分たちにも同じことができると考えたアウトサイダーはいなかった。いたのかもしれないが、結果に結びつくことはなかった。

 ドイツ戦のあと、吉田は海外メディアの取材に「サウジの逆転に勇気をもらった」と口にした。最終戦のアディショナルタイムに決勝トーナメント進出を決めた韓国の鄭優営(チョンウヨン)は日本の勝利が「本当に力になった。わたしたちも逆転できると思った」と率直な気持ちを吐露した。それぞれが単独で戦うしかなかったアウトサイダーは、同じ地区のライバルの奮闘を力にする術(すべ)を身につけた。

 だが、何よりも驚くべきは、アウトサイダーの連帯がもたらした、“支配者”たちの変化だろう。

 オーストラリアと戦ったアルゼンチンは、信じられないほどに慎重だった。サウジ戦の傷がまだ癒えていなかったのかもしれないが、第三世界の国を相手に、かくも慎重な……いや、臆病な戦いに徹したアルゼンチンをわたしは知らない。

 しかも、絶対に失点だけはしないという姿勢で臨んだにもかかわらず、彼らはオーストラリアの猛反撃を許し、GKのファインセーブがなければ延長戦に突入、というところまで追い込まれた。

 サッカーをやっている者ならば誰しも、この競技には番狂わせがつきものだということを知っている。ゆえに、食らった側は案外あっさりと気持ちを切り替えることができる。事実、初戦でカメルーンに負けた90年のアルゼンチンは、結局、決勝にまで進出している。

 だが、22年のアルゼンチンは明らかにサウジアラビア戦を引きずっていたし、米国と戦ったオランダも、過去に北中米の代表(メキシコを除く)と戦ってきた欧州勢とはまるで違った試合の入り方をした。彼らもまた、ライバルが受けた屈辱を人ごとではなく、自分たちにも起こりうる事態と認識しているようだった。

 アジアが、アフリカが、史上初めてW杯の守旧勢力を揺るがしたのである。

 だから、覚悟しておかなければならない。

 クロアチアもまた、最大の警戒心をもって日本戦に臨んでくる。コスタリカよりはるかに強いチームが、コスタリカと同じ気持ちを胸に向かってくる。

 簡単な試合になるわけが、ない。(金子達仁氏=スポーツライター)

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