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【コラム】金子達仁

町田・黒田監督が新たに開いた日本特有の道

[ 2023年10月26日 06:00 ]

 高校サッカーの世界で結果を残した指導者がJの世界に身を転じる。過去にもなかったわけではない。ただ、成功と呼べそうな事例はほぼなかった。

 なぜか。立場の違いに適応しきれなかったからではないか、というのがわたしの見立て。高校であれば、監督と選手は上下関係である場合がほとんど。つまり、選手たちはオートマチックかつ無批判で監督の指示を受け入れる。

 だが、プロの世界となると話は違う。両者の関係は対等に近くなり、選手を納得させるためには、自らが信頼に足る存在であることを、監督自身が証明していく必要がある。名将と呼ばれる時期を長く過ごしてしまった人間にとって、決して簡単なことではない。

 というわけで、J2町田が新監督として青森山田の黒田剛氏を招聘(しょうへい)したという一報に触れた時、わたしは正直、半信半疑だった。面白い決断ではある。ただ、滑り出しを間違えると、選手たちから「プロと高校は違うんだよ」という声が噴出するのは目に見えている。そうなってしまったら最後、監督の言葉は重みを失うことになるからだ。

 ただ、わたしは一つ、重要な点を失念していた。高校サッカー出身の指導者は、というより黒田監督は、「負けの可能性を極限まで減らすスペシャリスト」だったということである。

 どれほどタレントを揃(そろ)えた強いチームであっても、長いシーズンの中では負けることもある。プロにとっての敗北は、痛手ではあっても致命傷ではない。

 高校サッカーは違う。1回戦で1発に沈んでしまえばすべてが終わる。たった1敗で、選手たちの3年間が台無しになることだってある。

 ほとんどの国で若年層の大会がリーグ戦形式で行われていることからも、トーナメントで日本一を決める方式が異質であることは明らかである。わたし自身、大会の形式や、それによる結果至上主義が日本サッカーを歪(ゆが)めていると信じていた時期もあった。

 だが、良くも悪くもトーナメント形式の大会が続いてきたことで、有力校の指導者はプロにもない特殊な能力に磨きをかけてきたのかもしれない。1敗があまりにも大きいがゆえの、1敗のリスクを極力減らす能力である。

 4月上旬、6勝1分け、失点わずか1という最高のスタートを切った黒田監督に話を聞く機会があった。驚いた。就任直後は驚いた、と彼が言ったからである。

 監督によれば、青森山田では徹底してきた守備への約束事を、町田の選手たちがずいぶんと疎(おろそ)かにしているように感じた、という。つまり、高校生の当たり前が、プロの世界では当たり前ではない。彼はそのことに驚いたのだった。

 本人曰(いわ)く、何も特別なことはしなかった、らしい。だが、プレシーズンの段階から、町田の失点は劇的に減った。そして、目に見える形で表れた成果が、監督の指示に説得力を加えていった。

 就任1年目でチームを初のJ1昇格に導いたことで、黒田監督の名声は一気に高まった。横目で眺めていたクラブの中からは、“第二の黒田”を探す動きが出てくるかもしれない。

 もちろん、高校の指導者がプロの世界で成功するのは依然として簡単なことではない。ただ、黒田監督の成功によって新たな道が開かれたのも事実。しかもこの道は、おそらくは日本でしか生まれ得ない、ユニークな特性を持った道でもある。(金子達仁氏=スポーツライター)

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