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【コラム】金子達仁

頬、緩む サッカー日本代表・細谷が味わった幸運な屈辱

[ 2024年1月18日 04:50 ]

ベトナム戦でプレーする日本代表の細谷
Photo By スポニチ

 自分はほとんど何もできず。交代して入ったライバルは結果を出した。おそらく、本人は相当悔しいだろうし、また、悔しくないようでは進歩もない。スポニチの採点は甘めの「5・0」だったが、わたしだったら「3・5」をつけている。何もできなかった、というか、存在感がまるでなかった。ベトナム戦における細谷真大のことである。

 なぜ彼は何もできなかったのか。パスをもらえなかったから、だった。ではなぜ、彼はパスをもらえなかったのか。パスを出す側の意識に、細谷の存在が刻み込まれてなかったから、だとわたしは思う。

 欲しい時にパスをもらえないアタッカーにとって、できることは2つしかない。一つは、それでもゴールを決めること、そしてもう一つは、強く要求すること、である。

 元イタリア代表のストライカー、マッサーロが清水に加わったとき、ミッドフィールドの選手たちはちょっとした衝撃を受けたという。あくまで自分主導のタイミングでパスを出してきた彼らに、マッサーロは自分に合わせてパスを出すことを要求してきたからである。パスをもらえなかった時に顔を真っ赤にしたマッサーロが口走ったイタリア語には、間違いなく、通訳するのが憚(はばか)られる単語が含まれていたはずで、彼の怒りは、少しずつ日本人MFの意識を変えていった。

 日本で生まれ、日本で育った細谷に、イタリア人のように振る舞えというのは酷かもしれない。だが、いまや日本代表でプレーする選手の多くは、海外でプレーしている。自分が欲しいタイミングでボールを出してもらえなければ、激怒するアタッカーが当たり前の日常でプレーしている。そんな集団の中に入って、日本的な振る舞いをしていたらどうなるか。その答えが、ベトナム戦での細谷だった。

 ちょっと、頬が緩む。

 ベトナム戦で細谷が直面した現実は、今もなお、海外に渡った日本人選手が最初に乗り越えなければならない関門である。Jリーグで結果をだし、パスの出し手がファーストチョイスとして自分を見てくれる環境に慣れた選手にとって、周囲から黙殺される状況でのプレーは簡単なことではない。

 日本であれば、質のいい動きを続けていれば誰かが気付いてくれるかもしれない。だが、曲がりなりにも“助っ人”として加わった外国人に求められるのは、まず結果である。たいていの場合、過程は見過ごされる。

 だから、細谷は幸運だとわたしは思う。

 以前であれば海外に移籍しない限り味わえなかった屈辱を、彼は日本代表で体験することができた。おそらく、何かを変えない限り、日本代表でのレギュラーには届きそうにないことを実感したはずである。

 そして、変えなければならない“何か”とは、「いまからメッシになれ」といった類いのものではない。もちろん、技術的に磨きをかけていく努力は必要としても、45分間でただの一度も好機に絡めなかったストライカーに求められるのは、まず点取り屋としての矜持(きょうじ)である。

 日本代表の監督だった当時、トルシエは「日本が強くなるためにはもっと海外組が増えなければ」と言っていた。彼は正しかった。選手にとって、環境とは才能以上に大切なものである。そして、海外組が多数派となった日本代表には、若いJリーガーを刺激するエッセンスが満ち満ちている。

 頬、緩みませんか?(金子達仁氏=スポーツライター)

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