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【コラム】金子達仁

オーラ放つこと拒絶した「王様」 こんな人は二度と現れない

[ 2022年12月31日 10:00 ]

ペレ氏
Photo By AP

 【ペレさん追悼寄稿】唐突に記憶が甦(よみがえ)った。

 わたしは、ペレと一緒にシャワーを浴びたことがあった。

 まだJリーグが誕生する前の時代だった。ただ、発足することは決まっていて、町田市にある不動産会社が何年後かのJリーグ加盟に向けて動き出した。とはいえ、中央のサッカー界にコネがあるわけでも全国的な知名度があるわけでもない。すると、ワンマンかつ熱狂的なブラジル・サッカーのファンだった社長さんは、何をどうやったのか、立ち上げイベントの主賓としてペレを日本にまで呼んでしまったのである。

 地方の一不動産会社がJリーグを目指す。その目玉としてペレを呼ぶ。呼べる財力がある。それが、Jリーグが発足する前の、バブルが弾(はじ)ける前の日本だった。

 想像するに、社長さんはありとあらゆるメディアにイベントの告知をしたはずである。まだネットがない時代、頼ったのは電話か、手紙か、ファクスか。もっとも、うさん臭(くさ)さを感じたのか、招待に応じたメディアはほとんどなかった。少なくとも、専門誌の記者として半信半疑で町田に向かったわたしには、他社の記者と出会った記憶がない。

 だが、ペレはいた。

 いまとなっては、あれが現実だったとはとても思えない。高校のサッカー部で一度も公式戦に出たことのなかった男が、ペレとボールを蹴った。軽く汗を流したあと、スタッフに言われるがまま、そのままシャワールームに連れて行かれた。すっぱーんと着ていたものを脱ぎ捨てた王様。でけえ。強烈にそう感じたことだけははっきりと記憶している。

 冴(さ)えないGKだったわたしは、ペレの息子さんもGKになっていたことを知っていた。高校時代、10段階評価で「4」が精いっぱいだった英語で「息子さんはいいGKですか?」と問いかけると、「はい、でもわたしの息子がサッカー界で生きていくのは簡単なことではありません」と答えてくれた。つい「ありがとうございます」という流れを無視した言葉が口から飛び出し、冷や汗をかいたことも思い出した。

 他にもたわいのない会話をいくつか交わし、イベントの取材は終わった。終わってから、ビックリした。

 この取材の数カ月前まで、わたしはテニス雑誌の編集者だった。インタビュアーに付き添う形で、レンドルやナブラチロワ、グラフといった世界ランク1位の選手と同じ空間に居合わせたことがあった。

 みんな、途轍(とてつ)もないオーラを放っていた。できることなら尻に帆かけて逃げ出したくなるぐらい、ビッカビカのオーラだった。世界ランク10位の選手とは、輝き方がまるで違っていた。

 だったら、ペレは?

 元来の人柄によるものなのか、それとも、あの時代を生きた黒人であるがゆえだったのか。いずれにせよ、短い時間接することのできた王様は、王様という称号を得ていたことが信じられないぐらい穏やかで、むしろオーラを放つことを拒絶しているような人だった。

 マラドーナには毀誉褒貶(きよほうへん)がつきものだった。クライフにしても、その傲慢(ごうまん)さを嫌う層は確実に存在した。だが、誰よりも高みに登り詰めた男を貶(おとし)めようとする動きは、ついに見られなかった。フィールドでなし遂げたこと以上に、驚くべきことだとわたしは思う。こんな人は二度と現れない。それはもう、絶対に。(金子達仁=スポーツライター)

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