×

【コラム】金子達仁

考えを変えた 滅多に起こらないことが起きた大会では滅多に起こらない結果残る

[ 2022年11月21日 22:30 ]

W杯カタール大会開会式で花火が打ち上げられる(ロイター)

 打ちのめされている。わたしがカタール人だったとしたら、腰が立たなくなるぐらい打ちのめされている。

 以前、マレーシアのサッカー選手に聞いたところによると、イスラム教徒にとっての飲酒とは、小便を呑のむことに等しいらしい。でも今日は、今日だけは、飲んでもいい気分にわたしだったらなっている。それで、いろいろなことを忘れられるのであれば。

 長い歴史を持つW杯において、カタールは史上初めて開幕戦で敗れた開催国となった。米国や日本、南アフリカでさえクリアしてきたハードルを、越えられなかった。南米予選4位通過のエクアドルに、ほぼすべての面で圧倒された上での挫折だった。

 カタールが弱かった、とは思わない。彼らは3年前のアジア王者だった。韓国やUAE、日本を連破しての優勝だった。結果だけでなく、十分に内容を伴わせての優勝だった。スペイン人のサンチェス監督も含め、世界的な知名度はゼロに等しいチームだったが、目指すサッカーの方向性と可能性にわたしは強く惹ひかれてもいた。日本が目指してきたものと根を同じくしているように感じられたからである。

 だが、無名ではあっても力を秘めた存在だった彼らには、決定的に欠けているものがあった。

 W杯の経験である。

 7回目の出場となる日本にとってさえ、W杯は極めて特別な存在である。初出場のフランス大会での日本は、相手と戦う前に舞台に呑まれてしまっていた。当然である。あのチームには、W杯を知っている人間がただの一人もいなかったからだ。

 同じ轍をカタールは踏んだ。彼らは、エクアドルと戦う以前にW杯にひれ伏してしまっていた。最新のテクノロジーが、自分たちでさえ気付かなかった相手のオフサイドを発掘し、失点を取り消してくれたというのに、それをエネルギーに変えることもできなかった。出来や戦術をうんぬんする以前に、この日のカタールは戦う集団として終わっていた。対戦相手の力量を考えれば、98年の日本よりはるかに深刻な完敗だった。

 わたしがカタール人の記者だったとしたら、一貫してサンチェス監督の手腕を支持してきたことだろう。そして、打ちのめされている。まだ何も終わったわけではないし、ここから巻き返す可能性がないわけではない。ただ、史上最も情けない開幕戦を戦ったチームとして、カタールは記憶されていくことになった。

 ともあれ、かつてない形でW杯は始まった。

 史上初めて初戦を落とした開催国となったカタールだが、12年前の南アフリカ大会までは、すべての開催国が1次リーグを突破してきた。それが、W杯の常識だった。

 では、初めて常識が覆された大会で何が起こったか。スペインの初優勝だった。

 それまで、過去に7カ国あったW杯優勝国のうち、自国開催以外の大会で初優勝を遂げたのは西ドイツとブラジルだけだった。あとの5カ国は、すべて自国開催での初優勝だった。

 実を言えば、今大会、わたしはブラジルの優勝を予想していた。だが、開幕戦の結果を受けて、考えを変えた。滅多に起こらないことが起こった大会では、滅多に起こらない結果が残る。オランダかベルギー。いまは、どちらかの初優勝に懸けてもいい気分になっている。(金子達仁氏=スポーツライター)

続きを表示

バックナンバー

もっと見る