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【コラム】金子達仁

2戦4失点・・・GKの“自責率”は?

[ 2024年1月25日 04:40 ]

 スペイン語圏には、GKというポジションを表現する単語の一つに“ポルテーロ”というものがある。直訳すれば「門番」。実社会では、門の前に立ちはだかり、住人たちを守る存在である。

 仮に門番が強盗の侵入を許してしまったとする。責任がすべて門番にある、とは限らない。むしろ犯罪者の方が一枚上手だったとか、住人が非協力的だったとか、さまざまな要素が絡み合っていることもあるだろう。

 サッカーにおける門番も同じだ、とわたしは思う。

 その昔、川口能活が憤慨していたことを思い出す。会心の反応ではじき出した至近距離からのシュートが、結果的に押し込まれてしまった。ある記事ではこれを「川口がこぼしたところを」と表現していたのである。

 「じゃあ、ぼくはどうしたらよかったんですか?」
 アジアカップの2試合で4失点を喫したことで、GK鈴木に対する逆風が起きている。

 では、4失点はすべて鈴木の責任だったのか。

 ベトナム戦での1失点目。あれを止められるGKがいたらお目にかかってみたい。昔からわたしが勝手に物差しにしている“自責率”によれば、彼の責任はゼロ。非難されるいわれもゼロ。

 2失点目は違う。ファーサイドへのクロスに出るか出まいかで躊躇(ちゅうちょ)し、結果、折り返しに対して正しいステップが踏めなかった。とはいえ、競り負けた選手にも等しく責任はあるはずで、この“自責率”は30%程度とわたしは見る。ちなみに、率が30%を超えるというのは、GKとしてはかなり大きなミスである。

 イラク戦の1点目。直前のプレーでシュートをキャッチしなかったことが批判されている。捕ってほしかった、とはわたしも思う。だが、これは判断の相違であって、ミスとは断じがたい。むしろ、責任を問われるべきはシュートにつながるミスパスを犯した選手であり、折り返しを許した選手、中で競り負けた選手だろう。自責率はせいぜい5%と見る。

 イラク戦の2点目は、ベトナム戦での1点目同様、止めていたら“セーブ・オブ・ザ・イヤー”に選ばれているようなシュートだった。自責率、これまたゼロ。

 というわけで、わたしの主観では、鈴木の責任と言えそうな失点は「1」しかない。ベトナム戦の2失点目は深刻だ、短期決戦では一度でも重大なミスをしたGKは代えるべきだ、というのならばわかる。だが、人種差別的な暴言は論外としても、4失点した、だから代えろという乱暴な物言いには承服しかねる。

 驚いたのは、そして猛烈に感動したのは、鈴木に対して激しくなる一方の逆風に対して、同じGKの前川が声を上げたことだった。

 11人中1人。人口比で言えば10%に満たないマイノリティーであるGKの場合、プレーの意図や本質はなかなか伝わりにくい部分がある。こう言ってしまうと身も蓋(ふた)もないが、GKの気持ちはGKにしかわからない、のかもしれない。

 だが、試合中の交代がまずないGKの場合、レギュラーとサブの間にある溝は、フィールドプレーヤーには想像できないほどに深い。つまり、最良の理解者は最大の敵。にもかかわらず、前川は自分からポジションを奪っている人間のために声を上げたのである。

 日本代表の“第一門番”は、いまだ定まっていない。ただ、今後誰が務めることになろうが、このアジアカップで、最大のライバルのために最高の援護射撃を放った前川のことは、覚えておきたい。(金子達仁氏=スポーツライター)

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