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【コラム】金子達仁

もし自分が、水原通訳の立場だったなら…

[ 2024年3月28日 21:30 ]

大谷翔平(右)と水原一平氏
Photo By スポニチ

 本来であればもっと大騒ぎになっていてもおかしくない北朝鮮の暴挙が、すっかり吹っ飛んでしまった。

 日本に伝染病が蔓延(まんえん)しているから入国させたくない?日本に惨敗する姿を国民に見られたくなかった?さまざまな噂が飛び交っているものの、得心できるものは一つもない。仮に日本が病原菌にまみれた国だというのであれば、そもそも自国の選手を送り込むべきではないし、国立競技場での敗戦を見て「勝ち目がない」と判断したのであれば、サッカーを見る目は大丈夫ですか、と言いたくなる。目下、日本代表のバイオリズムは底の底。憎き日本を倒す千載一遇の好機だったというのに。

 何にせよ、サッカーには相手があるというイロハのイを全面的に放棄した代償は、これから支払ってもらうしかない。感情に委ねるならば国際大会の一定期間追放、最低でもホームでの開催権を一定期間剥奪するぐらいの罰が科せられなければ、AFCの神経を疑う。支払われるはずがないとはいえ、日本サッカー協会としても今回の“事件”による損害の賠償請求はしてほしい。間違っても、こんなことがまかり通ると北朝鮮側に思わせてはいけない。

 ところが、もっと大騒ぎになっていなければおかしい、W杯予選が消えるという前代未聞の衝撃を、大谷翔平と水原通訳の事件が吹っ飛ばしてしまった。

 ギャンブル依存症になった。大谷のカネに手をつけた。いうまでもなく、水原通訳のやったことは、許されることではない。

 ただ、もし自分が水原通訳の立場だったら……と考えてみると、ちょっと言葉に詰まってしまう。

 というのも、わたしもかつて、国民的なスーパースターと近しい立場にいたことがあるからだ。

 彼はわたしより10歳ほど年下で、なぜ親しくなったかと言えば、わたしにスペインへの留学経験があり、当時としては珍しい欧州のサッカーに詳しい人間だったから、だった。

 彼がマスコミ嫌いだった一方、日本代表における存在感はどんどんと増していった。わたしは、多くの人が求める彼の肉声を日常的に聞くことができる立場にあり、彼に密着して書いた記事は反響を呼んだ。

 わたしの人生は一変した。「あのマスコミ嫌いから本音を引き出したのだから」という理由で、新たな仕事が激増した。というか、いまこうやって新聞や雑誌に記事を書いていられるのも、彼と出会ったから、である。

 ただ、彼が世界の階段を駆け上がっていくにつれ、わたしの中にはそれまではなかった感情が湧き上がるようになった。彼に対して持っていた自分のアドバンテージは、どんどんと小さくなっていく。一方で、彼のおかげで仕事は入ってくる。

 自分の力だけで食えるようになったわけではないことはわかっていても、食えるようになったのには自分の力も少しは関係している、と思いたい自分がいた。

 ギャンブルは、その欲求を満たしてくれた。

 ギャンブルでの勝利は、あくまでも自分だけの勝利だった。何より、勝った時に味わえる全能感は、彼に対するコンプレックスを一時的にせよ忘れさせてくれた。 

 わたしは、水原通訳の人となりをまったく知らない。ただ、もしわたしが彼の立場だったら、同じことをやっていたかもしれない、という自覚はある。やったことは、許されることではない。それでも、石を投げる気には、わたしはなれない。(金子達仁氏=スポーツライター)

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