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【コラム】金子達仁

世界のサッカー史に残る 3%の奇跡的逆転勝利

[ 2022年11月25日 11:00 ]

FIFAワールドカップ(W杯)カタール大会1次リーグE組   日本2―1ドイツ ( 2022年11月23日    ハリファ国際競技場 )

ドイツ代表に勝利し喜ぶ日本代表イレブン(AP)
Photo By AP

 【W杯戦記】前半が終わった時点での自分の中に渦巻いていた感情を思い出してみる。

 スタメンに守田の名前がないことを知った時は、運命を呪った。ドイツ戦に必要なのは田中の攻撃センスではなく、遠藤と組んだ守田の安定感だと思っていたからだ。一方的に押し込まれる前半の日本を見ながら、一体何度、守田を間に合わせてくれなかった運命を嘆いたことか。

 そして絶望のPK。与えてしまったのは権田だった。彼自身の責任はほぼゼロに等しかったが、カナダ戦で流れを手放したGKを使ったことが、不運を招き寄せてしまった気がした。

 たかが0―1。されど0―1。米国の“ファイブ・サーティエイト”というデータ分析会社によると、前半終了時点で弾(はじ)き出された日本がこの試合に勝つ確率は、僅(わず)か3%だった。100回のうちの3回。日本とドイツが過去20年で2回しか対戦していないことを考えると、この試合はもちろん、今世紀中の勝利はまず見込めないぐらいの力の差を、データは示していた。

 それが、まさか。

 前半の日本は、これまで登場したどの出場国よりも無策で情けなく、臆病なチームと酷評されても仕方がない出来だった。わたしには逆転どころか同点に追いつく可能性さえまったく見いだせなかったし、こんな試合しかできない自分たちの代表を恥じた。森保監督を支持してきたことに対する後悔まで湧き上がってきていた。

 前半の完全なる沈黙がプラン通りだったはずがない。1点差で凌(しの)いだスコア以外は、誤算も誤算、大誤算だったはずである。ただ、後半にやろうとしたことが、信じられないほど的確だったことも間違いない。監督が前半と後半でシステムやフォーメーションを変えるのは珍しいことではないが、それがこれほど効果的に機能した例をわたしは知らない。これはもう、ポーカーでロイヤルストレートフラッシュを3回連続であがるとか、麻雀で九連宝燈(チューレンポウトウ)が配牌で完成しているとか、そういったレベルの話だった。

 なので、なぜ日本が勝てたのかと聞かれても、わたしには答えがない。サッカーにはごくごく稀(まれ)にこういうことがある、としか答えようがない。仮に最高級のアナリストに最高級の分析をしてもらっても、得心がいくことはないだろうな、とも思う。

 ただ、本当に、掛け値なしに、この勝利は世界を揺るがした。ひょっとしたら、日露戦争勝利以来の衝撃を引き起こしたかもしれない。なにしろ相手はドイツ。逆転をすることはあっても、されることはまずないドイツ。この衝撃は、4年前の韓国戦や、82年大会のアルジェリア戦を遥(はる)かに上回るのではないか。

 3年前のラグビーW杯で日本がアイルランドを倒した際、NHKの豊原アナウンサーは「もう番狂わせとは言わせない」と叫んだ。前回大会で南アフリカを倒したのは番狂わせだったが、今回は違う、実力で勝ったという思いの詰まった実況だった。

 22年11月23日、サッカー日本代表がやってのけたのは、世界のサッカー史に残る大番狂わせだった。日本が最善を尽くしたのは事実としても、相手の緩みや、人智を超えた何かに助けられた面もあったのは事実である。

 次は「もう番狂わせとは言わせない」という試合をやってほしい。やるしかない。

 4年後ではなく、この大会の最中に。(金子達仁氏=スポーツライター)

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