YMO 1人だけに…細野晴臣悲痛 3カ月で盟友2人を失う 関係者「身を引き裂かれるような気持ちだと」

[ 2023年4月3日 05:05 ]

坂本龍一さん死去 71歳

1979年ワールドツアーを行っていた頃のYMO(左から)坂本龍一さん、高橋幸宏さん、細野晴臣
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 1月11日の高橋幸宏さんに続き今度は坂本さんを失った細野晴臣(75)は悲しみに打ちひしがれている。発表があった2日夜、レコード会社など関係各所には報道各社からコメントを求める連絡が入ったが、細野が対応することはなかった。3カ月足らずで相次いだ盟友の旅立ち。関係者は「細野さんは短期間にかけがえのない2人を失った。身を引き裂かれるような気持ちだと思います」と話した。

 高橋さんの訃報では、坂本さんが自身のツイッターに文章のないグレーの画像を投稿して無言で追悼した一方で、細野はなかなかコメントを出すことができなかった。ようやく訃報から6日後に「幸宏の死は世界に反響を及ぼした」とのメッセージを出したことでも、その悲しみの深さはうかがいしれた。

 YMOは1978年、細野が2人に声をかけて結成した。坂本さんと高橋さんが同じ52年生まれ、細野は47年生まれ。年上で天才肌の細野と坂本さんが強烈な才能をぶつけ合うことで唯一無二の音を作ってきた。時に性格や音楽の方向性の違いなどから衝突することもあり、そこに高橋さんが間に立つことで絶妙なバランスを保ち、83年の“散開”までYMOとして活動を続けることができた。

 その後はおのおのが音楽活動を続けることになったが、常に互いの才能を認め合っていた。11年には細野と坂本さんがコンサートで共演。細野が「2人でやるのは不思議」、坂本さんも「照れちゃって慣れない」と話し、息の合った演奏を見せた。15年にはラジオで対談し、互いの音楽を称え合った。

 互いに個性をぶつけ合いながら世界に通ずる音楽文化をつくり、長い時間をかけて分かり合えた2人。1人残された年長者の細野の心痛は計り知れない。

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