【内田雅也の追球】「頌」の心と先人の魂 阪神・村上「自分一人の力ではありません」

[ 2023年5月10日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神0ー1ヤクルト ( 2023年5月9日    甲子園 )

<神・ヤ>5回、好守を見せた中野(右)とグラブタッチをかわす村上(撮影・北條 貴史)
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 敗戦後、阪神・村上頌樹は記録について問われると「それは自分一人の力ではありませんので」と、捕手や野手への感謝を口にした。

 確かに、この夜も大山悠輔のスクーピング好捕や中野拓夢の好守に救われ、ヨハン・ミエセスやシェルドン・ノイジーの懸命な守備もあった。村上はマウンドから感謝の拍手と笑顔を送った。

 ドラフト指名後の2020年12月、スポニチ本紙掲載の村上生い立ち連載に智弁学園2年秋、近畿大会で大阪桐蔭に敗れた試合で不満が態度に表れ、監督・小坂将商が激怒した一件がある。以後は<気持ちを入れ替え、周りを見て取り組むことを大切にした>。翌春の選抜優勝につながった。

 感謝の力を知ったのだろう。<「自分の力でうまくいった」と慢心が起こると必ず頭打ちになる>と下柳剛が著書『ボディ・ブレイン』(水王舎)に書いている。<試合が終わるたびに感謝の気持ちを持つことで「みんなに助けられている」という大きな精神的支えが得られた>。

 村上の名にある「頌」の字には「人の徳や美をほめたたえる」という意味がある。名前通りの心を備えているようだ。
 7回表、ドミンゴ・サンタナに浴びた一発で開幕からの連続イニング無失点は31で止まった。

 それがセ・リーグタイ記録。並んだのは60年前の1963(昭和38)年の中井悦雄。阪神の先輩だ。関大中退での入団で弱冠20歳の新人だった。

 ウエスタン・リーグで13勝1敗など投手3冠だったが、1軍初登板は9月7日(巨人戦)。同年制定の新人研修制度で新人には研修期間(開幕から100試合)が設けられていた。以後、3試合連続完封など快投。右肘痛で休養明けの10月17日広島戦(広島)で藤井弘に本塁打を浴びるまで無失点を続けた。2軍での無敵、同じ左中間へのソロで無失点が途切れた点など村上と中井は似る。
 当時の本紙に中井の言葉がある。「最初の1回を思い切って投げています。次は3回まで、そして6回まで……と1球もおろそかにせず、全精魂をふりしぼっています」

 マラソン選手・君原健二のようだ。公共広告機構(現ACジャパン)のCM『すててはいけない君の人生』を思う。「苦しい時、あの街角まで走ろう。あの電柱まで、あと100メートル……」
 村上も1球1球をつないで投げている。先人の魂である。=敬称略=(編集委員)

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