【内田雅也の追球】心の健康を守る「文化」――非常時に思うプロ野球の理念

[ 2020年4月3日 08:30 ]

ファンが「参戦」する日常が待ち遠しい
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 入社1年目の1985(昭和60)年の秋だった。米国出張から帰った先輩記者から、ロサンゼルスで乗ったタクシー運転手が「ウィー・ロスト、ラストナイト」と話していたと聞いた。地元ドジャースが前夜敗れたことを主語に「ウィー」(We)を使い、自分のことのように受けとめていたそうだ。野球が地域に根づいていることの証しだと教えられた。

 日本でも同じことが言える。関西なら「昨日の阪神は……」があいさつ代わりである。ファンはチームとともに戦い、「虎エコノミスト」の異名を持つ元りそな総合研究所会長、国定浩一は「阪神ファンは観戦でなく参戦」とうまいこと言う。そんな日常が失われて久しい。

 やはり、プロ野球は「文化的公共財」なのだ。

 かつての野球協約第3条(協約の目的)にあったこの文言はいま、日本野球機構(NPB)定款に残っている。第3条(目的)に<この法人は、わが国における野球水準を高め、野球が社会の文化的公共財であることを認識し……日本の繁栄と国際親善に貢献することを目的とする>とある。いわば理念である。

 野球協約改定を進めた元コミッショナー(当時コミッショナー代行)の根来泰周(故人)が自らパソコンを打って作成し、2008年1月21日の実行委員会で配布した定款の改正素案には、さらに<豊かな人間性を涵養(かんよう)する><国民に公正にして感動を与える野球を提供する>とまで記されていた。

 野球好きで、在任中も赤坂の自宅から歩いて神宮球場に行き、独り外野席で観戦した。時には東京ドームのネット裏前列に座り、テレビ中継画面に映った。野球への愛情と、野球を文化としてとらえる姿勢が伝わる。

 根来は和歌山市の浄土真宗本願寺派の末寺に生まれ、自身も僧侶の資格を持っていた。よく「おかげさまの心が必要」と言っていた。何か仏の言葉で諭してくれそうだが、もうこの世にはいない。2013年11月、81歳で逝った根来は何を思うだろう。

 プロ野球はいま、国民に<人間性の涵養>も<感動>も与えられず、<文化的公共財>としての役割も失い、<目的>を果たせずにいる。

 同じく、新型コロナウイルスによって文化イベントが相次ぐ中止となるドイツで、文化相モニカ・グリュッタースが発した「文化は良き時代ににおいてのみ享受されるぜいたく品ではない」という談話が目を引く。3月24日の政府発表文書にあり、救済措置や支援を約束している。「アーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要なのだ。特に今は」

 疫病から体を守るだけではなく、心の健康のためにも、音楽や演劇や小説や……そして野球が必要なのだ。

 誰が悪いといった責任論でもなく、何をどうすればいいのかという解決策があるわけではない。一人一人が責任ある行動を心がけるしかない現状である。息をひそめて過ごす苦しい日々だが、理念は失わずにいたい。=敬称略=(編集委員)

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