「土」になる自由 米ワシントン州の選択で思い出した2人の元スター選手

[ 2019年4月26日 11:05 ]

牛から作った「たい肥」を手にするリコンポーズ社のスペードCEO(AP)
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 【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】大リーグ最後の4割打者は1941年に打率・406をマークしたテッド・ウィリアムス(レッドソックス)だった。彼の野球という競技での実績は素晴らしいものがあり、日本でもその名を知っている方が多いことだろう。

 ただし2002年7月5日に83歳で死去したあとは、野球以外の出来事で全米の注目を集めることになった。

 当初彼は「自分が死んだらフロリダの海に散骨してほしい」という遺言を書いたが、その後「遺体を冷凍保存してほしい」という内容に書き換えたとされている。やがて後者を望む長男と、前者を主張する長女との間で裁判となり、一審は長男が勝訴。しかし再審の結果、双方の意見をどちらも受け入れる形で「頭部」は液体窒素を使うアリゾナの施設で冷凍、それ以外は火葬にすることになった。

 打率はうまくまとめたウィリアムスだったが、自分の遺体に関してはまさにバラバラ。今となっては彼の真意はわからないが、誰もが思う理想的な“死後の選択”でないことだけは確かだと思う。

 さて米ワシントン州の州議会でこのほど、火葬でも土葬でもない「たい肥葬」を認める法案が可決された。同州のインズリー知事が署名すれば、来年5月1日から全米で初めて人間の遺体を土に返すプロセスが合法化されることになる。

 ワシントン州では78%以上が火葬。しかし新法を起草した州議会のペダーセン上院議員は「人間は自ら好む方法で自らの遺体を処理させる決定が下せる自由を持つべき」として「環境により優しくより安全な遺体の処理方法」の導入を力説した。

 たい肥化の埋葬方法を手がける「リコンポーズ社」のカトリーナ・スペード最高経営責任者(CEO)は「遺体を牧草や木のチップなどで包み、湿度などを管理した施設の下で微生物の力を借りて土に変えていく」とそのプロセスを説明。土になったあとは遺族が引き取ってもいいし、植樹などの際の土として使ってもいいとされている。「私の土でトマトでも育ててね」はすでにジョークではなく、遺言の一文として成立する世の中になりつつある。

 最近ではコンポスト容器で生ごみからたい肥をつくる家庭が増え、我が家でもこれをやっているところ。宗教界の方々からは「人間を生ごみと一緒に扱うのはけしからん」とお怒りの言葉を頂戴するのかもしれないが、火葬では火力というエネルギーが必要なのに対し、たい肥葬は地球の資源にはアンタッチャブル。リコンポーズ社の試算では火葬にかかる費用とさほど変わらない。需要が増えていけば値段は落ち着くと見ている。しかも土になったあとは、何らかの形で地球の役に立つという“特典”がある。長期間の冷凍保存に多額の費用を支払い、火葬もやったためにエネルギーをも使った元4割打者とは対極にある人間に与えられた最後の選択だと思うのだがどうだろうか…。

 NBAのトレイルブレイザーズで2度のファイナル進出に貢献し(いずれも敗退)、控え選手となっていたスパーズ時代にはファイナル優勝を経験したジェローム・カーシー氏は2015年2月18日、52歳の若さでこの世を去った。死因は血栓が肺の動脈につまって起こる肺塞栓症。その数日前に膝の手術を受けているが、それとの因果関係は明らかになっていない。

 彼が現役時代以上に注目されたのはむしろ天国に行ってから。なぜなら本人の意思によって彼の皮膚は大やけどを負った3人の患者に移植され、角膜もまた4人の患者のために使われた。

 「他の人の命を助けることができるなら、そして何かの役にたつなら、ドナーになろう。自分の体を捧げるよ」

 娘さんに語っていたその一言は、死後大きな意味を持つことになった。そしてこう思う。もし彼が「たい肥になれる」というテクノロジーが合法化されたことを知ったら、さらなる“一歩”を踏み出していたのではないかと…。

 資源に乏しく、国土が狭い日本でも土となることを選択できる自由があってもいいと感じているが、ワシントン州のようにその道筋ができるまでにはかなりの時間がかかるだろう。「自由」という概念がどこまで許容範囲なのかという論議も必要。それでもなお「たい肥葬」はそれぞれの終活の中に組み込むべき選択肢ではないだろうか?

 アリゾナ州の施設で冷凍保存されたはずのウィリアムスの頭部はその後、施設の職員が野球のボールのようにもて遊んだという暴露本が出版された。もし事実なら本当に気の毒なことだと思う。もし選ぶことができるなら、芝生のあるスタジアムという職場ですべてを捧げた彼こそ、海ではなく土に戻るべき人間だ。

 ワシントン州の新たな選択。その記事を読みながら、私の頭の中ではスポーツ界で活躍した2人の元スター選手の姿がよみがえった。さて自分なりに一生懸命にこの先も生きてみるが、どこかで別れを告げたらどうしよう?そのときに備え、大事なことをしばらく考えてみるとするか…。

 ◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には8年連続で出場。フルマラソンの自己ベストは4時間16分。今年の北九州マラソンは4時間47分で完走。

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