ピーター・パンになりきれなかった清原元選手の悲哀

[ 2016年6月2日 09:00 ]

清原和博元選手

 ピーターパンは、勇気と知恵を武器に数々の冒険を繰り広げる少年の物語だ。妖精のティンカー・ベルや少女のウェンディ、そして、宿敵フック船長らの登場人物とともに、多くの人が子どものころに心躍らせた記憶を持つだろう。

 原作は英国の作家、ジェームズ・M・バリー。だが、多くの子どもの心をつかんだのはディズニーアニメで、「大人になりたがらない少年」との副題がつくバリーの原作は、単なるファンタジーではない。

 ピーターは、生まれた日に両親がピーターの将来について話すのを聞いて、逃げ出した。「ぼくは大人になんか、なりたくないんだ。いつまでも子どもでいて、面白いことをしていたいんだ」。ネバーランドでのフック船長との戦いの前には、「卑劣で、腹黒い大人め!」と叫ぶ。

 原作のピーターは自分勝手で、いばっていて、強い冷酷さを持つ。それを自覚したうえで、「子どもらしさ」を失うことを拒絶する。よく言われるピーターパン・シンドロームは、大人になれない大人を指すが、本当のピーターパンは自分の意志で大人にならない少年の物語だ。

 清原和博元選手に、判決が下った。犯した罪と社会的影響を考えれば、世間の軽蔑と批判は当然だろう。ナイーブで心が弱い子ども。大人になれない世間知らず。栄光にすがるのではなく、一社会人として出直さなければならない、と。

 その通りだと思う一方で、ピーターの意志の強さにも考えが及ぶ。引退した清原元選手が、社会人として大人にならなければとの思いと、現役時代の輝きの中で培った自分の在り方とのはざまで、破滅に陥ったのなら、スーパースターの末路としては、悲しい。

 大人になったウェンディは、娘に「どうして飛び方を忘れてしまうの」と聞かれ、「もう陽気でも無邪気でも情け知らずでもなくなるからよ」と寂しげに答える。いつまでも、子どもではいられないと思いながら、人は大人になる。

 でも、「陽気で無邪気で情け知らず」を持ったまま、年齢を重ねてもいいのではないのか。そうすることで、つぶれそうな心を支えられることも、あるのではないだろうか。ピーターパンの本当の勇気について、考えさせられている。(鈴木 誠治)

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