五輪野球復活なら…藤浪 金メダル宣言「一番上目指すの当然」

[ 2014年12月10日 05:30 ]

MBSラジオに出演した藤浪(左)はシャンプーハットらと軽妙なトークを繰り広げる

 2020年東京五輪で野球・ソフトボールの競技復活の可能性が出てきたことを受け、阪神・藤浪晋太郎投手(20)が9日、「一番上を目指すのは当然」と金メダルを狙っていくことを宣言した。26歳を迎え心身ともに成長し充実期を迎えるであろう東京五輪。有言実行に移すべく、精進を重ねていく。

 世界の頂点を狙えるチャンスがあるなら、全力でつかみにいくのが藤浪の流儀だ。冷たい風が吹く鳴尾浜球場で、右腕の口調は自然と熱くなり、最後は2020年東京五輪での「金メダル」に思いをはせた。

 「決まれば選んでもらえるように力を付けたい。(侍ジャパンに)選ばれて出ることになれば、一番上を目指すのは当然です」

 11月の日米野球でプロ入り後初めて「日の丸」を背負い、メジャーの猛者と真剣勝負を繰り広げた。野球が東京五輪で復活した場合、最強メンバーで臨むことになる。開催時、藤浪は26歳で心身ともに充実期を迎えるはず。08年北京五輪以来、3大会ぶりの「国技」で、前日8日に「メダルを獲れたらなと思う」と発言している同い年の大谷(日本ハム)と日本代表をけん引する姿を想像するだけでも、今から胸が高鳴ってくる。

 「五輪で印象に残っているのは、リレー代表が銅メダルを獲ったシーンですかね。野球はWBCがありますけど、五輪のメダルももらえるとうれしい」

 藤浪が回想するのは、北京五輪の陸上男子4×100メートルリレーで陸上トラック種目では男子初のメダルとなる銅メダルを獲得し、最終走者の朝原宣治がうれしさのあまり、バトンを放り投げたシーン。当時14歳だった藤浪少年の脳裏には、今もしっかりと焼き付いている。

 歓喜と感動が同居するオリンピック。まだ遠い目標かもしれない。それでも歩んでいく価値が十分にある金メダルロード。「今はそこまで(五輪で投げている)イメージはない」と話すが、復活が現実となれば意識しないわけにはいかない。日本に「金色の歓喜」をもたらしたい―。来るべき時へ向け、日々の精進だけは怠らない。

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