阿部 お助け捕手やる!亡き先輩の道「キムタクさんみたいに」

[ 2014年12月10日 05:30 ]

出発前に笑顔を見せる(右から)原監督、久保社長、阿部、片岡

 来季から一塁手に転向する巨人・阿部慎之助捕手(35)が9日、チームの有事の際に「ピンチキャッチャー」としての出場を原辰徳監督(56)に申し入れていたことを明らかにした。巨人では2009年シーズンに、内野手登録だった故木村拓也氏(享年37)が10年ぶりにマスクをかぶった例がある。リーグ3連覇を果たしたチームは同日、成田空港発の航空機で優勝旅行先の米ハワイに出発した。

 阿部の脳裏には尊敬する先輩の姿が浮かんでいた。来季、一塁手に転向する決断とともに、もう一つの覚悟を原監督に伝えていたことを明かした。

 「キムタクさん(故木村拓也氏)みたいに非常事態になった場合は(捕手を)やると監督には言ってある。それ以外はやらない。監督もそう言っていた」

 背水の覚悟で臨む15年目の来季は野球人生の転換期。高2から20年間、身に着けてきたキャッチャーミットを置き、「一塁・阿部」として再出発する。しかし、チームが緊急事態に陥ったときだけは救世主として復活するつもりだ。かつて木村氏がそうだったように。

 09年9月4日のヤクルト戦(東京ドーム)。延長11回に3番手捕手の加藤が頭部死球で退場。捕手不在となり、木村氏が広島時代の99年以来10年ぶりにマスクをかぶり、12回引き分けに持ち込んだ。当時、正捕手だった阿部は「脱帽です」と最敬礼したものだった。

 これまで原監督は阿部が来季、捕手に就く可能性について「来季はチームが困ったらキャッチャーを頼むぞと言わないように覚悟を決めてやる」と話してきたが、阿部の申し入れを受けて「100%ないとは言いません。フォア・ザ・チームの中でやるかもしれません」。最後の「切り札」として起用するプランは頭の中にある。

 阿部が最後のとりでとして備えることで、強力打線を最大限に生かせる。通常は3人の出場選手登録する捕手を2人に減らすことができ、その分、野手を1人増員できる。今季もシーズン中盤に内野手の寺内が緊急時に対応する“第3の捕手”となり、阿部と小林の「捕手2人態勢」を敷いた。勝負どころで投入する代打や代走要員の野手を増やすことで、選手起用の選択肢も広がる。

 この日、優勝旅行先のハワイに出発した阿部。ピンチキャッチャーはあくまで有事の際。南国では疲れを癒やすだけでなく、打棒復活にバットを振り込む。

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