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稀勢から荒磯親方へ 昨年12月から“予行練習” 「稽古場」の信念持って後進指導に

[ 2019年1月19日 08:30 ]

緊急連載 和製横綱・稀勢の里散る(下)

元横綱・稀勢の里の荒磯親方
Photo By スポニチ

 現役を引退して年寄「荒磯」を襲名した稀勢の里は、将来的に独立を視野に入れているが、当面は田子ノ浦部屋の部屋付き親方として、大関・高安をはじめとする弟弟子だった力士の指導に携わる。16日の引退会見では「一生懸命相撲を取る力士、ケガに強い力士、そういう力士を育てたい」と抱負を語った。

 親方としての“予行練習”は昨年12月に始まっていた。右膝の負傷のため12月の冬巡業を全休した稀勢の里は、東京都江戸川区の田子ノ浦部屋で基本運動を中心に鍛錬を続けた。師匠の田子ノ浦親方(元幕内・隆の鶴)は冬巡業最終日の茨城県土浦市での興行の担当だったため稽古を見られない日が多く、稀勢の里は若い衆の指導も請け負った。そこで“稀勢の里流”のトレーニングを取り入れた。

 「基礎体力を上げる」ことを目的に、地面に置いたロープを左右に跳ばせたり、1メートルほどの高さにしたロープを上半身をかがめながらくぐらせたりした。さらに、上半身の筋力を鍛える機具を持ち込み、自らが用意したプロテインも飲ませた。これまでの田子ノ浦部屋にはなかった稽古で変化をつけた。三段目力士は「つけた筋肉をどう動かすか。使えないと意味がない。それが分かった」と横綱の指導の効果を口にした。瞬発力の向上にもつながり、稽古では簡単に土俵を割る力士が少なくなった。稀勢の里は「強くなっているでしょう」と自分のことのように喜んでいた。

 稀勢の里は先代師匠の元横綱・隆の里の厳しい指導を受け、先代の死後も教えを貫いて横綱に上り詰めた。隆の里の師匠だった二子山親方は“土俵の鬼”と呼ばれた元横綱・初代若乃花。“横綱のメンタリティー”は脈々と受け継がれている。稀勢の里が現役時代に一番心に残っているのは「やはり稽古場が強くしてくれた」ということ。その思いを弟子たちに叩き込んで“第2の稀勢の里”を育てていく。=終わり=

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