【コラム】金子達仁

“見えざる力”のない大会が見たい

[ 2018年6月15日 12:40 ]

W杯サウジアラビアでの快勝に喜ぶロシアサポーター
Photo By AP

 16年前の日本には、半ば強迫観念とさえ言える使命感と重圧があった。

 何が何でも、決勝トーナメントには進出しなければ。

 これが2度目のW杯で、しかも初出場のフランス大会を3戦全敗で終えていた日本にとって、簡単な目標ではもちろんない。けれども、少なくともわたしは1次リーグの突破を最低限にして絶対的なノルマだと考えていたし、それは、現場の選手やスタッフも同じだったことだろう。

 開催国は勝ち上がらなければならない。負ければ、大会の灯が消えてしまう可能性がある――それが当時のサッカー界の常識だったからだ。

 86年当時のメキシコは、94年当時の米国は、決して強いチームではなかった。だが、彼らは力強く1次リーグを突破し、大会を大いに盛り上げた。78年のW杯は、地元アルゼンチンの大躍進がなければ、クライフの去った穴の大きさだけを痛感させられる、なんとも味気ない大会になっていたかもしれない。

 だが、歴代のホストカントリーが必死になってクリアし、紡いできたW杯の伝統は8年前の南アフリカで途絶えた。次の開催国がブラジルだったこともあり、以来、W杯における開催国の責任についてはあまりいわれなくなった印象がある。ブラジルであれば、当然1次リーグは楽々と突破するだろうし、大会は勝手に盛り上がっていくことが予想されたからだ。

 今大会は、どうだろうか。

 開催国でありながら、ロシアの前評判はあまり芳しいものではない。ロンドンのブックメーカーがつけた優勝オッズは、ポーランドと同じ41倍。これは参加32カ国中12番目の数字である。

 だが、16年前の日本や韓国につけられたオッズは、それよりもさらに厳しかった。にもかかわらず両国は決勝トーナメントに進出し、それぞれの国民を熱狂させた。ロシアに期待するのは、その再現である。

 もっとも、少しばかり心配なこともないわけではない。

 開催国の躍進が大会を盛り上げる最大の妙薬であることをよく知り、またそれを切望しているのは国際サッカー連盟である。それゆえなのか、過去のW杯では「見えざる力」の介入が噂された試合がいくつかあった。

 4点差で勝たなければ決勝進出ができないアルゼンチンが6―0でペルーを下した78年。94年に開催を控えた米国に経験を積ませるためなのか、中南米における大国メキシコを予選から排除した90年大会。そして、いまもイタリア人、スペイン人が忘れていない02年大会における不可解なジャッジの数々……。

 よくも悪くも、開催国の敗退が大会の灯を消すわけではないことは、南アフリカによって証明されてしまった。個人的には熱狂するロシア人の姿を見てみたいとは思うが、それがいわくつきのものならば見たくない。

 ロシアの大気のように凛(りん)として涼やか。わたしが期待するのは、そんな大会である。(金子達仁氏=スポーツライター)

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