高倉健さんのパートナー・小田貴月さん 妻ではなく養女となった本当の理由 実は婚姻届も用意されていた

[ 2023年6月8日 17:05 ]

小田貴月さん(C)高倉プロモーション
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 故・高倉健さんの養女で高倉プロモーション代表の小田貴月(たか)さん(59)が8日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」(月~金曜後1・00)に出演。養女となったいきさつを明かした。

 高倉さんは2014年11月10日、悪性リンパ腫のため死去した。83歳だった。小田さんは高倉さんに17年間寄り添い、最期を看取ったパートナー。1996年に出会い、2013年に養女となって“再婚”に至った。

 17年間寄り添いながらも、結婚という選択は取らなかった。それでも、交際中は婚姻届も用意されていたそうで、小田さんは「長期のロケに参ります時に、書類を取ってきてって言われて、婚姻届を役所のほうからいただいてきて、自分のサインをするんです。“何かあったらこれを出しなさい!”って」と回顧。「でも、何かあったら出せないんですよね」と苦笑しつつ「もし亡くなっているってことがあったら、届け出はもちろん、出せないんですけど、私はその気持ちだけで十分だったんです」と振り返った。

 そんな中で、養女になることになるきっかけは、2011年11月、小田さんの母が脳梗塞で倒れたことだという。その時は1カ月ほどで退院できたというが、「毎日通っている中で、親族じゃないと、病状をうかがうこともできませんし、病室で看病することもできない。高倉さんはたぶん大きな病気をあまりしなかったので、そういうことが分からなかったらしいんです、“え?そうなの?”って」と小田さん。そのことを伝えると、当時は籍も入っていない状態だったこともあり、高倉さんは「それは困るな」とポツリ。

 結婚をしなかったのは高倉さんが「一度、離婚した時のトラウマがあった」といい、「紙にしばられるのは違うんじゃないか。好きで一緒にいるんだったら、それがいいじゃないか」という思いだったという。そのことについては「私も了解していたので、全く問題がなかった」と小田さん。ただ、高倉さんよりも若い小田さんの母が倒れたことで「わが身を振り返るきっかけになったようなんです。そっか、何かしなきゃね!って。そこで初めて気が付いて」とした。

 その中で、「結果としては養女ということになりました“養女でいいかな?”って」と説明。「私はもう高倉がいいなら別に形はこだわらない、何かあった時に病室に入れるように」という思いだけだったとし、「“分かりました!”ってことで、それで養女時なりました」といきさつを明かした。

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