田辺聖子さん死去 軽妙でユーモアたっぷりの芥川賞作家

[ 2019年6月11日 05:30 ]

文学館の完成予想図前で笑顔を見せる作家の田辺聖子さん=07年5月
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 軽妙な大阪弁を駆使した恋愛小説などで知られる芥川賞作家の田辺聖子(たなべ・せいこ)さんが6日午後1時28分、胆管炎のため神戸市内の病院で死去した。91歳。大阪市出身。葬儀・告別式は近親者で行った。喪主は弟聡(あきら)氏。後日、東京と大阪でお別れの会を開く予定。

 明るい文体と人間への優しいまなざしで、男女の機微や庶民の生活感情をユーモアたっぷりにすくい取った。1964年に「感傷旅行(センチメンタル・ジャーニイ)」が芥川賞を受賞。これを皮切りに普通の男と女の恋をいくつも紡いだ。「私、夢見る夢子さんやから」。そのロマンチシズムが田辺さんの小説の魅力で、恋愛小説の名手と言われた。

 古典文学を親しみやすい形で紹介し、自在な現代語訳を試みた「新源氏物語」もベストセラーに。俳句や川柳にも造詣が深く、多彩な才能を発揮した。映像化された作品も多く、2006~07年には自身の半生がモデルのNHK連続テレビ小説「芋たこなんきん」が放送された。「ジョゼと虎と魚たち」は妻夫木聡(38)主演で映画化され、03年に公開された。

 大阪で明治時代創業の写真館に生まれ、恵まれた少女時代を過ごした。小説家を夢見ながら国語教師を目指して専門学校で勉強中、戦争による空襲で実家を焼失。ほどなく父を亡くし、金物問屋の事務員として働く傍ら、小説を同人誌に発表した。私生活では開業医で前妻と死別していた川野純夫さん(02年死去)と長年連れ添った。毎晩のように飲みながら語り明かした経験は、エッセー「カモカのおっちゃん」シリーズの土台となった。熱烈な宝塚歌劇ファンとしても知られ、98年に新設された「宙(そら)組」の命名に携わったほか「新源氏物語」などの作品が劇場で上演された。庶民的な人柄から、関西を中心に「おせいさん」の愛称で親しまれた。

 ◆田辺 聖子(たなべ・せいこ)1928年(昭3)3月27日生まれ、大阪市出身。樟蔭女子専門学校(現大阪樟蔭女子大)卒業。64年に「感傷旅行」で芥川賞を受賞。94年菊池寛賞、95年紫綬褒章、00年文化功労者、08年文化勲章など受賞多数。87年から05年まで直木賞初の女性選考委員を務めた。

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