阪神・西勇 平成生まれ初の2000投球回 病と闘いながら16年目の金字塔 

[ 2024年6月22日 05:15 ]

セ・リーグ   阪神1-0DeNA ( 2024年6月21日    甲子園 )

<神・D>通算2000投球回を達成した西勇(撮影・後藤 大輝)
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 阪神・西勇輝投手(33)が初回でプロ野球94人目となる2000投球回に到達し、7回無失点と試合をつくった。阪神在籍時の到達は83年小林繁以来41年ぶり11人目で、平成生まれでの到達は初となった。

 初回1死一塁からオースティンを内角ツーシームで詰まらせて遊ゴロ併殺に料理し、西勇はプロ野球94人目となる通算2000投球回に到達した。平成生まれでは初の快挙だ。結果的に今季4勝目を手にすることはできなかったが、持ち味が凝縮された一日だった。ストライクゾーンの四隅を目いっぱい使った投球を展開し、強力DeNA打線相手に7回6安打無失点。「みんなのおかげで無失点で抑えることができた」

 阪神在籍時の到達は83年小林繁以来41年ぶり11人目で、平成生まれでは初。「平成」、「令和」の時代とともに分業制が加速し、規定投球回に届く投手が少ない時代に達成したことは、数字以上の価値がある。「順調にこられたので数字に届いたのかな」と充実感をにじませた。

 プロ16年目。決して平たんではない道のりを歩んで金字塔にたどり着いた。「顔の右半分の感覚が急におかしくなった」。2年目でプロ初先発した10年8月12日のソフトバンク戦。試合中にベンチで水を口にした瞬間に異変を感じた。「左側はクエン酸の酸っぱい感覚があるのに、右側は味がしない」。試合後に食べた海鮮丼にかかっていた、しょうゆの味もしない。その後、強烈なしびれと激痛に襲われ顔の右半分にけいれんを発症。翌日、医師から「顔面神経まひ」と告げられた。

 薬の副作用で「下半身がまひするかもしれない。野球は無理です」とも宣告を受けた。「もう治らないかと思った。外に出るのも嫌だった」。寮の自室で天井を見上げ「次は何をしようか」と“転職”について何度も頭を巡らせた。幸い、約2カ月後に症状が一時的に収まって復帰したが、医師からは「数年以内に再発する可能性がある」と言われた通り、キャッチボール中にうずくまって動けなくなったこともあった。

 症状が出たのはプロ16年で計3度。阪神へ移籍した19年からは大きな症状はなくても度々、違和感や痛みがつきまとう。症状を抑える薬に出会い、対処法が分かるようになったのは、つい3年前。「もしかしたら明日や1年後に野球を続けていないかもしれない」とたびたび口にするのは、目の前のマウンドが当たり前ではないから。月日が経過しようと、消えない病魔の恐怖と戦った先に勲章があった。

 バトンを渡した救援陣の奮闘もあって、好投が報われた。「先発は1イニングでも多く投げて、チームを勝たせること」。この矜持を胸に、次の登板へ向かう。(石崎 祥平)

 【阪神投手では小林繁以来41年ぶり11人目】西勇(神)が21日のDeNA9回戦(甲子園)初回に通算2000投球回を達成。プロ野球94人目。平成2年(90年)生まれの西勇は、平成生まれの投手では初の到達で、節目のイニングでは20年の1500投球回に続く2度目の一番乗り。初登板はオリックス時代の09年9月21日の楽天戦で、オリックスでは18年までの在籍で1219回1/3の投球。阪神在籍中の到達は83年の小林繁以来41年ぶり11人目。

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