難病を抱える主将、マネジャーで支える妹 取手松陽・川村諒が迎えた最後の夏「最高の夏に」

[ 2022年7月11日 22:44 ]

第104回全国高校野球選手権茨城大会1回戦   取手松陽6―5太田一 ( 2022年7月11日    J:COMスタジアム土浦 )

川村諒主将(右)と、先輩マネジャーと一緒に千羽鶴をつくった妹の陽菜さん(撮影・柳内 遼平)
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 取手松陽(茨城)は太田一に6―5で競り勝ち、2回戦に駒を進めた。

 痛み止めを2錠、水で流し込む。それが、取手松陽・川村諒主将(3年)のルーティン。1年秋に原因不明の高熱で入院。それから約1年間、体調不良が続いた。さまざまな検査を受けて国指定の難病「クローン病」であることが判明。疲労がたまれば高熱にうなされ、毎日のように腹痛に悩まされる。それでも、新チームでは主将を任された。

 太田一との初戦は「9番・右翼」で出場し、無安打ながら1犠打で貢献。7回の守備から交代した後もベンチで声をからして勝利の瞬間を迎え「1勝できてほっとしています。最後までチームが強い気持ちだったので、勝利につながったと思います」と笑った。

 1メートル75、66キロ。病気の影響で太りにくい体質。疲労をためる度に練習から離脱する息子の体を心配した母・純子さんは自宅から10キロ以上離れた学校への送迎を行い、2学年下のマネジャーで妹の陽菜(ひな)さんは自主練習を手伝うなどサポート。難病とつきあいながら練習に励んできた川村は「痛みに慣れることもあるんです。そこと戦わないといけないので大丈夫」と痛みを内に秘める。

 将来の夢は「人の命を救って必要とされる人間になりたい」と消防士を志望。この夏、大好きな野球を引退する。真夏の太陽にも負けない輝く笑顔で「支えてもらったすべての人の思いを胸に、最高の夏にしたい」と言った。(柳内 遼平)

 ◇川村 諒(かわむら・りょう)2004年7月6日生まれ、茨城県龍ケ崎市出身の18歳。久保台小5年時に久保台ブルズで野球を始める。中根台中時代は取手ファイトクラブに所属。取手松陽では2年秋からベンチ入り。50メートル走6秒1。遠投75メートル。1メートル75、66キロ。右投げ左打ち。

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2022年7月11日のニュース