【内田雅也の追球】「安打王」の秘めた思い 記録の重圧から解き放たれて、あらためて見せつけた長打力

[ 2022年7月9日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神8―0ヤクルト ( 2022年7月8日    神宮 )

<ヤ・神>6回、本塁打を放ち、ベンチのナインに迎えられる近本(左)
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 阪神・近本光司が6回表に放った2ランは今季初本塁打だった。昨年まで過去3年間の本塁打は9、9、10本。一発も秘めた打者だっただけに83試合目の1号は遅い。

 リーグ最多安打だった昨季同様、今季も目下、安打数で最多。だが長打は少なく、長打率・340は昨季・441から大きく下がっていた。一方で増えたのが四球だ。過去3年は402試合で94個で4・3試合に1個、今季は82試合で27個と3・0試合に1個だった=数字はいずれも7日現在=。「安打王」として選球に磨きをかけ、確実性を高めていたのか。
 この夜は一発長打の実力をあらためて示したわけだ。高梨裕稔の高め速球を振り抜き、右翼席に運ぶ見事な一撃だった。

 前夜(7日)、4打数無安打に終わり連続試合安打が30で止まった。記録への重圧から解き放たれた側面もあろう。新たな挑戦の一歩を飾るフルスイングだった。

 タイ・カッブを思う。大リーグ通算4189安打、首位打者12回。同時代に活躍した通算714本塁打、本塁打王12回のベーブ・ルースと比較され「単打しか打てない」という評判があった。1925年5月、報道陣に「明日あさっての試合で見せたいものがある」と宣言。翌日に本塁打3本、翌々日に本塁打2本を放った。自伝に<十分に「力の野球」ができることを示そうとしたのである>と書いている。

 近本もそれができる。

 ドラフト当日、大阪ガス今津グラウンドで取材したのを思い出す。「赤星選手が一番の目標」と語っていた。阪神ドラフト1位選手で最も小さな1メートル70で俊足だった。

 ところが1年目2019年の沖縄・宜野座キャンプで驚いた。さく越えを連発していた糸井嘉男のフリー打撃を目の当たりにし「僕もいつかはああいう打撃をします」。一発もある打者への思いがあったのだ。同じキャンプ中、重さ3キロのメディシンボールを放り上げ滞空時間を計ると、糸井の2秒74に次ぐ2秒71とパワーを示していた。

 首位独走のヤクルトに大勝。完封した青柳晃洋がヒーローインタビューで語った「僕たちはまだ優勝を目指している」。あのセリフはおそらく近本も言える。胸に秘めた思いはまだまだあるのだろう。=敬称略=(編集委員)

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2022年7月9日のニュース